2019年9月 7日 (土)

荒井由実の『ひこうき雲』

僕が高校生になった頃、日本のポップスは大きく変化し出した、と思っている。1971年にデビューシングルを出した「チューリップ」、1972年にデビューシングルを出した「荒井由実」。1972年、CBSソニーから「結婚しようよ」をリリースした吉田拓郎。この3人の出す音は、従来の歌謡曲やフォークソングとは全く異なったテイストを持った音だった。初めて聴いた時は「なんじゃこりゃ」と思った。そして、思い切り惹き込まれた。

荒井由実については、このアルバムに出会って、その音世界に思いっ切り驚いた。荒井由実『ひこうき雲』(写真左)。1973年11月のリリース。冒頭のタイトル曲「ひこうき雲」のイントロを聴いて驚いた。この音はなんだ? ピアノのアルペジオから伸びのあるオルガンの音に継がれ、ドラムがだだだだっとクレッシェンドで入ってきて、ユーミンのボーカルが滑り込んでくる。

この「ひこうき雲」は、デビューしたばかりのシンガー・ソング・ライターとしての「瑞々しい」感性が溢れている。どの曲も「作られた」感じがしない。荒井由実の才能だけで書かれた「天才そのまま」の楽曲がズラリ並んでいる。表題曲の「ひこうき雲」は絶対的な名曲で、この曲について多くを語るつもりは無い。聴けば判る。

僕は、この『ひこうき雲』ってアルバムはユーミンとしては珍しい、バリバリの「メルヘン・ソング」が幾つか入っているところが気に入っている。ユーミンに乙女チックな「メルヘン・ソング」は似合わないと常々思っているが、このデビュー・アルバムにはきっちり入っているんですね。
 
 
Hikouki_gumo  
 
 
「ベルベット・イースター」「雨の街を」「紙ヒコーキ」、この3曲は、後の松任谷由実時代には絶対に聴くことに出来ない「メルヘン・ソング」。このメルヘン・ソングが今までに無い音世界なのだ。それまでのフォーク・ソングは「体制と戦う」か「男と女の恋愛事情」を唄っており、こういう「メルヘン・ソング」な内容は全く無かった。

特に「雨の街を」は名曲。出だしの歌詞「夜明けの雨はミルク色 静かな街に ささやきながら 降りて来る 妖精たちよ」。これ、初めて聴いたとき「ウヘ〜っ」と感嘆した。この「夜明けの雨はミルク色」なんて歌詞、凡人には出ません。この出だしの歌詞だけ見ても、いかに、当時、荒井由実は天才だったが判ります。「四畳半フォーク」全盛時代に、この歌詞は驚きの一言でした。

そして「ベルベット・イースター」。これは曲にビックリ。当時、今まで聴いたことのないコード進行と曲調。ギターで作曲した曲では無い。ピアノじゃないと、クラシックの素養がないと生まれない曲。そして、サビの歌詞「空がとってもひくい 天使が降りて来そうなほど いちばん好きな季節 いつもとちがう日曜日なの」。日本語の選び方が絶妙。こんな歌詞、書けまへん。そして、なんてメルヘンチックな歌詞なんだろう。

ちょっと、こっぱずかしくなるような「メルヘン・ソング」。これが素晴らしい。当時は「私小説ソング」とも形容された。ユーミンの作詞作曲も新しいが、バックの演奏も新しい。パーソネルは、細野晴臣 (b), 松任谷正隆 (key), 鈴木茂 (g), 林立夫 (ds)。バックの演奏はティン・パン・アレーの面々であった。新しいはずだ。
 
 
 
東日本大震災から8年5ヶ月。忘れてはならない。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。
 
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2019年9月 1日 (日)

チューリップ『Live!! Act Tulip』

チューリップというバンドが好きである。財津和夫 (g, key, vo), 吉田彰 (b, vo), 安部俊幸 (g, vo), 上田雅利 (ds, vo), 姫野達也 (key, vo) の5人組。当時トレンドだった、博多出身のバンドである。ロックでもフォークでもない新しい音楽分野「ニューミュージック(Jポップスの草分け)」を開拓したバンドのひとつ(Wikipediaより)。そう、このロックでもフォークでもない新しい音が思い切り心に響いた。

そういうこともあって、僕が初めて自腹を切って買ったJポップのアルバムは、チューリップのライブ盤『Live!! Act Tulip』(写真左)。購入した時期はハッキリと覚えている。1974年9月。高校1年生の秋の始めの季節である。このライブ盤は、73年9月23日、渋谷公会堂で行われた初の単独ライブ、渋谷公会堂の動員記録を更新した熱狂のライブを収録したものである。

シングル「心の旅」がオリコンシングルチャートで1位を獲得したのが1973年9月10日。オリジナル発売日は1973年12月1日、チューリップの最初の絶頂期での発売である。いやはや、このライブ盤、これほど、客の歓声、叫び声が調整されていないライブ盤も珍しい(笑)。当時の熱狂感そのままに、女性ファンの黄色い声など、普通にステレオで音量を上げて聴いていると、気恥ずかしくなる。購入当時、僕はまだ高校1年生。そりゃあまあ、恥ずかしかったですね〜(笑)。

最後の最後にファンの「もう死にそう・・」という声が入っていて、この部分には、あまりのリアリティに背筋がゾクッとしたものです。興味深いのは、当時のライブって、自分達の持ち歌に加えて、当時、流行っていた楽曲のカバーなんかを織り交ぜているんですよね。このライブ盤でも、ビートルズの「イエスタデイ」、サイモン&ガーファンクルの「4月になれば彼女は」が入っています。当時、オリジナルが最優先だった僕は、このカバーの存在が、どうしても好きになれなかった(笑)。
  
 
Live-act-tulip
 
 
さて、このライブ盤に収録された全12曲は以下の通り。前述のカバーの2曲と、1973年10月5日に「心の旅」の次のシングルとしてリリースされた「夏色のおもいで」(写真右)が目を惹く。ちなみに「夏色のおもいで」は、松本隆の作詞家デビュー曲。また、チューリップの楽曲の中でメンバー以外が作詞した唯一の曲でもある。
 
1. 夢中さ君に
2. 新しい地球を作れ
3. 早くおいで
4. 道化者
5. 二人で山へ行こう
6. 僕のお嫁さん
7. 心の旅
8. 思えば遠くへ来たものだ
9. イエスタデイ
10. 4月になれば彼女は
11. 夏色のおもいで
12. メドレー:夢中さ君に~魔法の黄色い靴~道化者~心の旅


オリジナル・アルバムよりピックアップされた楽曲は、どれも、オリジナルよりアップテンポだったり、力強かったりで、当時のチューリップは、ライブにおいても既に相当の実力を持っていた、ということが窺い知れる。今でも、オリジナル曲の演奏については、結構、気に入っている。死ぬまでに一度、自らの手でカバーしたいなあ、とぼんやり思っている(笑)。

しかし、このライブ盤の客の歓声、特に女性ファンの黄色い声については「閉口」するなあ(笑)。当時のチューリップは、完全にアイドル・グループ扱いされていますよね〜。しかし、この後、チューリップは自らの手で、このアイドル・グループ路線から訣別し、硬派なフォーク・ロック・バンドとして、独自の個性的な道を歩んでいくことになるのですが、その話はまた後ほど・・・。

ということで、このライブ盤はチューリップ・マニア向け。逆に、チューリップ・マニアであれば、このアルバムは、突っ込みどころ満載だし、感心するところも多々あるし、意外に楽しめます。
 
 
 
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