荒井由実

2020年3月 8日 (日)

荒井由実『COBALT HOUR』

春になると、なぜかユーミンが聴きたくなる時がある。ユーミンといっても、松任谷由実ではない、荒井由実のほうである。ユーミンの荒井由実時代のアルバムは、ファースト・アルバム「ひこうき雲」から「ミスリム」「コバルト・アワー」「14番目の月」、ベストアルバム「ユーミン・ブランド」。春風吹いて、春ののどかな日差しの中で、フッと聴きたくなるユーミンは、僕にとってはこれ。

荒井由実『COBALT HOUR(コバルト・アワー)』(写真)。1975年6月のリリース。荒井由実の3枚目のオリジナル盤。パーソネルが凄い。荒井由実 (p, vo), 細野晴臣 (b), 鈴木茂 (g), 林立夫 (ds), 松任谷正隆 (key), 原田忠幸 (bs), 斉藤ノブ (perc), 松田幸一 (harmonica), 松任谷愛介 (fiddle), 福島てるよし、篠原国俊 (tp), 新井英治 (tb), 玉野嘉久& his fellows (strings), 山田やすひろ、早樫じゅんじ、相馬充 (fl), 今道美樹子 (harp), ハイ・ファイ・セット、吉田美奈子、大貫妙子、山下達郎、伊集加代子 (chorus)。

当時のJポップ系の名うてのミュージシャンが全員集合して、ユーミンの音世界を表現している。当時の「ロック・バンド」というか「音楽プロデュース・チーム」のティン・パン・アレーがメイン。この松任谷、細野、林、鈴木のビッグネームが並ぶ「ティン・パン・アレー」のバック演奏がポジティブで明るくノリが良く、聴いていて「ワクワク」で、思わず「心でスキップ」状態になる。コーラスには、ハイファイの3人、吉田実奈子、大貫妙子、そして、今や大御所の山下達郎が参加している。いやはや、凄いメンバーである。

このアルバムは、ユーミンのソングライティングの才能全開。加えて、松任谷正隆のアレンジが秀逸。そして、アルバム全体を通して、バックのコーラスが実に印象的で、これ若き日の山下達郎のアレンジだそうです。実際、本人もコーラスに参加して歌っていますね。
 
 
Cobalt_hour  
 
 
冒頭の「コバルト・アワー」は、明るくリズミカルで、これから展開される音世界を期待してワクワクする。続く「卒業写真」は、バックの印象的な演奏と歌詞が素晴らしくマッチしていて、「悲しい〜、こと〜が〜ある〜と〜」と来ると、もう駄目。しみじみして、胸が一杯になって感じ入ってしまう。まあそれだけ、個人的に悪い思い出がいっぱい詰まった歌だと言うこと(笑)。

5曲目「ルージュの伝言」は素晴らしいの一言。オールディズな雰囲気の曲調が実に小粋で、歌詞の中の主人公の女性が実に可愛い。ジブリのアニメ映画「魔女の宅急便」のオープニングにも使われていましたね(雰囲気ピッタリでした)。続くドラマチックな展開の「航海日誌」は「春の夜の海」を想起させて、歌詞の割に穏やかな展開に感心する。「少しだけ片想い」は、これからの確かな「恋」を予感させるようなポジティブな明るさに満ちていて、気分は「春」。

7曲目の「CHINESE SOUP」は季節問わずの名曲。歌詞もウィットに富み、曲も素晴らしい。9曲目の「雨のステイション」に至っては、これはもう季節は春を過ぎて梅雨。そして、ラストはなぜか唐突に、なぜ、この『コバルト・アワー』のラストに収録されたのかが未だに判らない「アフリカへ行きたい」で終わる。

理屈はともかく、春はユーミン。ふと聴きたくなるアルバムの筆頭は『コバルト・アワー』。ジャケットも、ほんのりとピンク色が入っていて、春らしいと言えば春らしい。そして、「卒業写真」「花紀行」という春の季節の曲が入っているという記憶が、春になるとこの『コバルト・アワー』を思い出させるのかも知れない。
 
 
 
東日本大震災から8年11ヶ月。忘れてはならない。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。
 
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2020年3月 1日 (日)

荒井由実『MISSLIM (ミスリム)』

僕が初めて荒井由実に出会った曲が「12月の雨」。高校1年生の秋、11月頃だと思う。NHK-FMを聴いていて、あの印象的なピアノの「ダダダダダダ」という、和音の連打で始まる前奏に、聴く耳を持って行かれ、転調する不思議なフレーズを持つサビに驚き、「時はいつの日にも親切な友達、過ぎていく昨日を物語に変える」の歌詞に感じ入った。そして、思う「これはなんだ」。それが荒井由実だった。

『MISSLIM』(写真左)は、荒井由実のセカンド・アルバム。1974年10月のリリース。ちなみにパーソネルは、荒井由実 (vo,p), 松任谷正隆 (key), 林立夫 (ds,per), 細野晴臣 (b), 鈴木茂 (el-g), 斉藤ノブオ (per)、辺りが中心メンバー。山下達郎がコーラスアレンジを担当している。このセカンド・アルバムの中に「12月の雨」は含まれている。

この『MISSLIM』の、LP時代のA面を占める5曲が絶品である。「生まれた街で」「瞳を閉じて」「やさしさに包まれたなら」「海を見ていた午後」「12月の雨」。特に歌詞の世界が絶品である。「生まれた街で」の「街角に立ち止まり風を見送った時、季節がわかったよ」の一節には聴く度に痺れる。「瞳を閉じて」の「風がやんだら沖まで船を出そう、手紙を入れたガラスびんをもって」の出だしはまるで小説の出だしのようだ。
 
 
Misslim  
 
 
続く「やさしさに包まれたなら」の「カーテンを開いて、静かな木洩れ陽のやさしさに包まれたなら、きっと、目にうつる全てのことはメッセージ」の一節については、これは絶対に書けないなあ、と脱帽。「海を見ていた午後」は「山手のドルフィンは静かなレストラン、晴れた午後には遠く三浦岬も見える」は写実主義の絵画を見るようだ。そして、A面のラスト「12月の雨」の歌詞は全てが良いが、先に書いた「時はいつの日にも親切な友達、過ぎてゆく昨日を物語にかえる」のフレーズには、もう「参りました」である。

そして、このアルバムの全ての楽曲において言えることは、アレンジが秀逸なこと。特にキーボードとベースの使い方が抜群。素晴らしくセンスが良い。キーボードは松任谷正隆、ベースは細野晴臣。パーソネルを見て納得。このアルバムのアレンジはヘッド・アレンジが中心だったのことだが、ひらめきとセンスが素晴らしい。

この『MISSLIM』のLP時代のB面、CDでいう6曲目以降は、その歌の世界がちょっと歌謡曲に寄っている感じがして、LP時代はあまり聴かなかった。が、聴き耳を立ててみると、これがなかなか良い。恐らくはアレンジが良いのだろう。今ではCDであることもあって、冒頭の「生まれた街で」から、ラストの「旅立つ秋」まで一気に聴き通してしまう。

唐突ではあるが、1970年代Jポップの中で「早春」の季節に合うアルバムは、と問われれば、僕は、荒井由実『MISSLIM(ミスリム)』を挙げる。僕にとって、この『MISSLIM』は高校時代からずっと「早春」のアルバムなのだ。
 
 
 
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2019年9月 7日 (土)

荒井由実の『ひこうき雲』

僕が高校生になった頃、日本のポップスは大きく変化し出した、と思っている。1971年にデビューシングルを出した「チューリップ」、1972年にデビューシングルを出した「荒井由実」。1972年、CBSソニーから「結婚しようよ」をリリースした吉田拓郎。この3人の出す音は、従来の歌謡曲やフォークソングとは全く異なったテイストを持った音だった。初めて聴いた時は「なんじゃこりゃ」と思った。そして、思い切り惹き込まれた。

荒井由実については、このアルバムに出会って、その音世界に思いっ切り驚いた。荒井由実『ひこうき雲』(写真左)。1973年11月のリリース。冒頭のタイトル曲「ひこうき雲」のイントロを聴いて驚いた。この音はなんだ? ピアノのアルペジオから伸びのあるオルガンの音に継がれ、ドラムがだだだだっとクレッシェンドで入ってきて、ユーミンのボーカルが滑り込んでくる。

この「ひこうき雲」は、デビューしたばかりのシンガー・ソング・ライターとしての「瑞々しい」感性が溢れている。どの曲も「作られた」感じがしない。荒井由実の才能だけで書かれた「天才そのまま」の楽曲がズラリ並んでいる。表題曲の「ひこうき雲」は絶対的な名曲で、この曲について多くを語るつもりは無い。聴けば判る。

僕は、この『ひこうき雲』ってアルバムはユーミンとしては珍しい、バリバリの「メルヘン・ソング」が幾つか入っているところが気に入っている。ユーミンに乙女チックな「メルヘン・ソング」は似合わないと常々思っているが、このデビュー・アルバムにはきっちり入っているんですね。
 
 
Hikouki_gumo  
 
 
「ベルベット・イースター」「雨の街を」「紙ヒコーキ」、この3曲は、後の松任谷由実時代には絶対に聴くことに出来ない「メルヘン・ソング」。このメルヘン・ソングが今までに無い音世界なのだ。それまでのフォーク・ソングは「体制と戦う」か「男と女の恋愛事情」を唄っており、こういう「メルヘン・ソング」な内容は全く無かった。

特に「雨の街を」は名曲。出だしの歌詞「夜明けの雨はミルク色 静かな街に ささやきながら 降りて来る 妖精たちよ」。これ、初めて聴いたとき「ウヘ〜っ」と感嘆した。この「夜明けの雨はミルク色」なんて歌詞、凡人には出ません。この出だしの歌詞だけ見ても、いかに、当時、荒井由実は天才だったが判ります。「四畳半フォーク」全盛時代に、この歌詞は驚きの一言でした。

そして「ベルベット・イースター」。これは曲にビックリ。当時、今まで聴いたことのないコード進行と曲調。ギターで作曲した曲では無い。ピアノじゃないと、クラシックの素養がないと生まれない曲。そして、サビの歌詞「空がとってもひくい 天使が降りて来そうなほど いちばん好きな季節 いつもとちがう日曜日なの」。日本語の選び方が絶妙。こんな歌詞、書けまへん。そして、なんてメルヘンチックな歌詞なんだろう。

ちょっと、こっぱずかしくなるような「メルヘン・ソング」。これが素晴らしい。当時は「私小説ソング」とも形容された。ユーミンの作詞作曲も新しいが、バックの演奏も新しい。パーソネルは、細野晴臣 (b), 松任谷正隆 (key), 鈴木茂 (g), 林立夫 (ds)。バックの演奏はティン・パン・アレーの面々であった。新しいはずだ。
 
 
 
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