Eagles

2024年1月 6日 (土)

イーグルス『Desperado』再聴

『イーグルス・ファースト』で最初の成功を収めたイーグルス。アルバム単独でチャートで22位。シングルとしては、「テイク・イット・イージー」(12位)、「ウィッチ・ウーマン」(9位)、「ピースフル・イージー・フィーリング」(22位)の3枚がリリース、それぞれトップ40に入った。

この結果を得て、リーダーのグレン・フライは、バンドとして「アーティスティック」なアルバムを作りたい、と考える。そして、ドゥーリン=ドルトン・ギャングをモデルに、西部開拓時代のならず者をテーマにしたコンセプト・アルバムを制作する。そして、このアルバムがイーグルスの代表作になることを期待した。

Eagles『Desperado』(写真左)。1973年の作品。ちなみにパーソネルは、Glenn Frey (g, vo; key, harmonica), Don Henley (ds, vo, ac-g), Bernie Leadon (guitars, vo, banjo, mandolin, dobro), Randy Meisner (b, vo)。バンド創設メンバー4人が継続。鉄壁の四人組。イーグルスの歴史上、一番充実した時期のメンバーである。

冒頭、いきなりスローテンポでムーディーな「Doolin-Dalton」から始まる。コンセプト・アルバムのモデル「ドゥーリン=ドルトン・ギャング」をテーマにしたバラード曲だが、イーグルスらしい、明るいリズミカルで爽快感のあるアップテンポの曲を期待していただけに、ちょっと肩透かし喰らう感じ。仰々しいロック・バラードで、肩に力が入っとるなあ、と感じる。

2曲目「Twenty-One」から、ベタなカントリー・ロックになって、3曲目の「Out of Control」は、ハードなカントリー・ロックになる。この2曲、あまりにベタなカントリー・ロックと、イーグルスの特徴である「ちょっと中途半端」にハードなカントリー・ロックの連続で、思わず「ムムム」となる。
 

Eaglesdesperado  

 
しかし、4曲目「Tequila Sunrise」でホッとする。この曲は名曲。リリース当時は評価されなかったみたいだが、この曲は名曲。曲想もアレンジもコーラスも、イーグルスの良い個性が全て入っていて、とても良い。ただ、インパクトに欠けるソフトな曲調でシングル向けでは無い。チャート64位に留まった。

5曲目はタイトル曲「Desperado」。後に、リンダ・ロンシュタットやカーペンターズ(邦題「愛は虹の色」)等にカバーされた佳曲。ムーディーなスローバラードではあるが、カントリー・ロックっぽさは皆無。良い曲ではあるが、ロックでは無い。しかし、他のミュージシャンにカヴァーされている佳曲ではある。シングル・カットされていないのは意外だった。

続くB面はイーグルスらしさを取り戻している。ランディがメインの「Certain Kind of Fool」、デヴィッド・ブルーのカヴァー「Outlaw Man」、イーグルスの個性満載、アコースティックで牧歌的な「Saturday Night」、バーニーがメインの「Bitter Creek」。ただ、当初の「西部開拓時代のならず者をテーマにしたコンセプト」から外れている。

かろうじて、「Doolin-Dalton」のインスト・バージョンと「Doolin-Dalton / Desperado」のリプライズを差し込んで、なんとか、コンセプト・アルバムとしての最低限の体裁を繕っている。

どうも、このイーグルスの2枚目のアルバム『Desperado』、コンセプト・アルバムとして、気合を入れて制作したのだが、どうにも中途半端な内容な、「意余って、力足らず」的な内容のコンセプト・アルバムに仕上がってしまった。表裏ジャケの「ドゥーリン=ドルトン・ギャング」に扮したイーグルスのメンバーも、ちょっと「やり過ぎ」感満載。

結局、このコンセプト・アルバム『Desperado』については、レコーディングとプロモーションにはかなりの労力が注がれたが、このアルバムは最初のアルバム『イーグルス・ファースト』ほどには成功せず、全米ビルボード200では41位に留まっている。
 
 
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2024年1月 4日 (木)

『イーグルス・ファースト』

1970年代前半、米国ルーツ・ロックのトレンドは「フォーク・ロック」もしくは「カントリー・ロック」。カントリー&フォークのテイストをロック・ビートに乗せる。1960年代の終わり、ウッドストック以降、ロックが音楽ビジネスとして取り上げられ始めた頃、米国ルーツ・ロックの初めとして、「フォーク・ロック」もしくは「カントリー・ロック」は流行した。

フォーク&カントリー・ロックの代表と言えば「Eagles(イーグルス)」。1971年、リンダ・ロンシュタットのバックバンド(Linda Ronstadt & Her Band)の編成のために、名うてのミュージシャンが集められた後、このバックバンドが独立しデビュー、米国西海岸ロックの雄でありながら、世界的レベルの成功を収めた伝説のロックバンドである。

彼らの当初の個性は、ファースト盤を聴けば良く判る。そのファースト盤とは『Eagles』(写真)。邦題『イーグルス・ファースト』。1972年6月のリリース。ちなみにパーソネルは、Glenn Frey (vo, g), Don Henley (vo, ds), Bernie Leadon (vo, g, banjo), Randy Meisner (vo, b)。今から振り返れば、米国西海岸ロックの伝説のメンバーである。
 

Eagles_first

 
冒頭の「Take It Easy」は、ジャクソン・ブラウンとグレン・フライの共作。バーニー・レドンの奏でるバンジョーとスティール・ギターが絶妙なカントリー・テイストを醸し出し、この楽曲をカントリー・ロックの名曲たらしめている。この曲、実は前奏からカントリー・フレーバー満載で、ロックビートとの絶妙なバランスが素晴らしい。

が、2曲目の「Witchy Woman」から、ハードロックなテイストが入り込んでくる。3曲目の「Chug All Night」などは、ライトなハードロックという印象。イーグルスというバンド、活動初期から中盤までのヒット曲は「フォーク&カントリー・ロック」のテイストを前面に押し出しているが、実は結構「ハードロック」な要素を好みとしている。僕達は当時「カントリー・ハード・ロック」と呼んでいた位だ。

この「ハードロック」な要素を前面に押し出した名作が『Hotel California』。この盤に至っては「フォーク&カントリー・ロック」な要素は完全に後退している。が、このファースト盤では「フォーク&カントリー・ロック」のテイスト満載、西海岸ロックの代表的バンドの当初の姿をしっかりと留めている。米国ルーツ・ロックの好盤の一枚。
 
 

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イーグルス『Hotel California』

2016年で40周年。あれから40年になるのか。リリースは、1976年12月8日。まだ、我が国ではメジャーな存在になる一歩手前の米国西海岸のバンドで、このアルバムのリリース時、暫くはそんなに話題にならなかった記憶がある。当然、後に名曲とされ、世界的に大ヒットしたタイトル曲だって、このアルバムの発売時点では、別の曲「New Kid in Town」(全米1位を獲得)がシングル・カットされていた。

Eagles『Hotel California』(写真)。1976年の作品。米国西海岸ロックの雄、イーグルスの5作目のアルバム。前作、1975年6月リリースの『One of These Nights(呪われた夜)』が、イーグルスのアルバムとして初めて、加えて、1976年2月リリースの『Their Greatest Hits 1971-1975』も続いて、全米No1ヒットを獲得し(確かにこの2枚は良かった)、米国では次作への期待が高まる中でのリリースであった。

日本ではあんまり盛り上がっていなかったと記憶している。まだまだ、米国西海岸ロックはマイナーな存在で、僕は当時、高校生で、1976年の夏は、この『呪われた夜』や『グレイテスト・ヒッツ 1971-1975』を聴きまくっていたんだが、周りのロック小僧から、変わり者扱いされたことを覚えている。そんな環境での、この『ホテル・カリフォルニア』のリリースである。当時、意外と地味であった。

最初はアルバムを買わなかった。FM大阪の人気音楽番組「ビート・オン・プラザ」で全曲エアチェック出来た。1976年12月と言えば、僕は高校3年生、大学受験まっしぐら。ではあるが、高校時代、遊びに遊んだので「浪人確定」の状態で、精神的にドップリ暗くなっての初『ホテル・カリフォルニア』であった。そして、聴いてビックリ。ハードなロックな雰囲気がメイン。それまでのフォーク・ロックな雰囲気は大きく後退していた。
 

Hotelcalifornia_2

 
本作から加入したギタリスト、ジョー・ウォルシュの影響が大きいとされる。が、恐らく、リーダーのグレン・フライの意向が強く働いたのだろう。しかし、これでは売れるかもしれないが、他のロック・バンドにも出来る音世界であり、イーグルスの個性が急速に希薄になった印象を受けた。しかしながら、収録された曲はどれもが出来が良く、キャッチャーな内容で、この盤は売れるだろうな〜、と思った。

以前からのフォーク・ロックな雰囲気の曲もあるにはある。先にシングル・カットされた(全米1位を獲得している)、唯一J.D. サウザーが絡んだ「New Kid in Town」と、皮肉にも、ジョー・ウォルシュの作である「Pretty Maids All in a Row」、そして、この後、バンドを脱退するランディ・マイズナー作の「Try and Love Again」の3曲。僕はこの3曲が大好きで、この3曲の存在が故に、この3曲を楽しみに、今でもこの『ホテル・カリフォルニア』を聴き直す位だ。

ヘンリー&フライの楽曲は全て、ハード・ロックなテイスト曲ばかり。それでも出来は良い。その最たる曲が冒頭のタイトル曲「Hotel California」である。印象的なアルペジオと異常に長い前奏が印象的なハード・テイストのロック・ナンバー。当時、この曲だけを聴けば、イーグルスの曲とは思わないだろう。この曲が追加でシングル・カットされて売れに売れた。でもねえ、僕は当時、あんまり好きじゃなかったなあ。

そんな『ホテル・カリフォルニア』が発売されて40年。この盤は米国西海岸ロックの名盤として、その地位を不動のものとした。しかし、この盤のハードなロックテイストへの転身が、イーグルスというバンドの個性をそぎ落とし、袋小路に陥る。次作『ロングラン』を苦しみ抜いてリリースした後、イーグルスは空中分解する。振り返れば、この『ホテル・カリフォルニア』は、イーグルスの最後の輝きであった。
 
 

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イーグルス『Their Greatest Hits 1971-1975』

「カントリー・ロック」を掘り下げている。今日は、カントリー・ロック最大の売上を誇るバンド「Eagles(イーグルス)」について語りたい。個人的にも、高校時代、ウェストコースト・ロックの中で、一番のお気に入りバンドがこの「イーグルス」だった。

イーグルスは1971年にデビューした米国のカントリー・ロックを代表するバンド。トータルセールスは1億2000万枚を超えるそうで、カントリー・ロックの中で、一番、商業的成功を収めたバンドであろう。カントリー・ロック色が強かった時期は、1971年の結成時から、1974年のサード盤『オン・ザ・ボーダー』までとされる。

音楽的には、グラム・パーソンズの様に、カントリー・ミュージックをそのままロックに置き換えたというよりは、フォーク・ロックをベースにカントリー・ミュージックの要素を融合させたアプローチで、パーソンズの場合、カントリーとロックが対等な感じなんですが、イーグルスの場合は、カントリーとロックの比率が「3:7」の割合で、ロック色が強いのが特徴。
 
Their_greatest_hits_19711975  
 
Eagles『Their Greatest Hits 1971-1975』(写真左)。1976年2月のリリース。イーグルスの初期の頃の音は、バンジョー、スティール・ギター、マンドリンのサウンドを効果的に取り入れていて、この部分が「カントリー・ロック」の雰囲気を色濃いものにしていた。そんなカントリー・ロック期のイーグルスを手っ取り早く感じることが出来る、優れものなベスト盤である。

ちょうどイーグルスがカントリ−・ロックから入って、ロック色が強くなるまでの期間を網羅しているベスト盤。カントリー・ロックなイーグルスがヒット曲やキャッチャーな曲を通して、手っ取り早く体感出来る。バーズやパーソンズよりもフォーク・ロック色が強いことが良く判る。よりロック・ファンに訴求する音作りで、イーグルスは一躍、人気バンドとなった。

イーグルスのベスト盤はその後、オールタイム・ベストなども幾つか発売されてはいるが、カントリー・ロックを代表するバンドとしてのイーグルスを体感出来るベスト盤としては、この『Their Greatest Hits 1971-1975』が最適だろう。

何を隠そう、この僕も、このグレイテスト・ヒットを聴いて、プログレから米国ルーツ・ロックへ宗旨替えをした。それは1976年3月、早春の出来事であった。
 
 

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イーグルス『On the Border』

ジャズを聴き続けると、ちょっと耳が疲れてしまう時がある。特にハードなジャズ、例えばフリージャズや自由度の限り無く高いモーダルなジャズなどを5〜6枚聴き続けると、ちょっと耳を休めたくなる時がある。そんな時には「ジャズの合間の耳休め盤」と称して、大概、70年代ロックを聴くことにしている。

選盤は大体、ジャズのアルバムを聴く合間の「ジャズの合間の耳休め盤」なので、ジャズの雰囲気をそこはかとなく宿したフュージョンっぽい盤であるとか、インスト中心のプログレッシブ・ロック盤になる。あと、米国ルーツ・ロックもよく選ぶ。米国西海岸ロックなんかも、この米国ルーツ・ロックの一種として選盤する。

Eagles『On the Border』(写真左)。イーグルスが1974年に発表した3枚目のオリジナル盤である。僕がこの盤に出会ったのは1976年。高校の中で、米国西海岸ロックを聴く人間ってまだまだ少ない時代で、通な連中と一目置かれたり、変な奴らとして距離を置かれたり(笑)。
 

On_the_border_4

 
さて、この『On the Border』、イーグルスの音楽性の全てがバランス良く詰まった好盤である。もともと、イーグルスは、カントリー&フォーク・ロックを軸としたサウンドが「売り」。しかしながら、カントリー&フォーク・ロックに傾いたバンド・サウンドについて、もう少しハードな楽曲を織り交ぜて、音楽性の全体バランスを「ほど良く」取ろうとした。その成果がこのアルバムである。

米国西海岸ロックの一つの頂点の様なアルバム内容で、イーグルスのアルバムの中では、僕はこの『On the Border』と次作『One of These Nights』をよく聴く。ライトで爽やか感のあるカントリー・ロックから、ちょっと重厚でヘビーなハード・ロックまで、実にバランスの良い楽曲が並んでいる。これが実に良い。これが実に聴き応えがある。

ハードな楽曲とフォーキーな楽曲が相まって、ジャズの合間の耳休めに程良い塩梅。そして、ラストはかの名曲「Best of My Love(我が愛の至上)」。イーグルス・サウンドの軸となっていたカントリー&フォーク・ロックをベースとした名バラード。これは絶品で、思わずウットリしながら、この盤を聴き終えて「ジャズの合間の耳休め」は完了するのだ。
 
 

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イーグルス『The Long Run』

イーグルスと言えば、米国西海岸ロックの代表的バンドのひとつ。一般的には、イーグルスと言えば、やはり『Hotel California』というアルバムを連想される方が大多数だろう。

このアルバムは非常に罪作りなアルバムで、ロックの限界と終焉を示したアルバムとして位置づけられている。しかし、このアルバムは、耳障りの良い、脳天気な「フォーク・ロックな音」から、AORを意識した、ハードでアーバンな音を内包した「大人のロック」に転身しようとしたアルバムであり、歌詞の内容があまりに「大人」だった為に、伝説のロック・アルバムとして祭り上げられた「きらい」がある。

「ホテル・カルフォルニア」という曲が、シングル・カットされたのは、当初、日本の話で(歌詞が英語で、歌詞の内容がよく判らないまま、曲の雰囲気だけを重視する日本ならではの仕業だけど・・・・)、アルバムがリリースされてから半年も後の話。遅れて、米国でもシングル・カットされて、これが大ヒットとなる訳だけど、歌詞の内容からして、はたして、イーグルスにとって、米国にとってよかったことなのか、今でも疑問を感じる。

まあ、日本では、英語の歌詞が判らないから、そんなことお構いなしで、ガンガン売れたが、なんだか、こんなところに日本の音楽産業の貧しさと卑しさが見え隠れして、当時、なんだか、いや〜な感じを抱いたのを覚えている。

恐らく、イーグルスのメンバーからすると、恐らく、ロックの限界と終焉を示そうとして作ったアルバムでは無かったと思うが、これが、メンバーの意図しないところで、伝説のロック・アルバムとして祭り上げられ、その売上たるや莫大なものになる。当然、世の中から、次のアルバムに過大な期待がかかる。

Eagles『The Long Run』(写真左)。1979年の作品。相当なプレッシャーだったと思う。『Hotel California』後、3年間の時間が経過して、やっとリリースされたアルバム。このアルバムはひどかった。アルバムのA面に針を落とした瞬間から「???」。
 

The_long_run

 
ゆるゆるなギター、中途半端なリズム、贅肉だらけのコーラス。当時、人間って豊かになるとこうなるのか、と唖然としたものだが、豊かになったから、ということでは無く、バンドとして音作りの方向性が見いだせなくなった、ということだろう。

とにかく、この『The Long Run』がリリースされた1979年、1960年代後半から積み上げられてきた「ロック」というジャンルは、既に、その精神、方向性を見失い、崩壊していたのだろう。とにかく、いいところを見いだそうとしても、それを上回る問題点が見えてしまうわけで、当時、大いに評価に困ったものだ。

『The Long Run』に収録された楽曲を見渡しても、ほどんど、本来のイーグルスらしいナンバーは無い。カリフォルニアを感じられる米国西海岸ロックの爽快感、疾走感は全く感じられない。ダークでアーバンなAORならではの官能美だけが見え隠れする楽曲が多い。この『The Long Run』での音作りは、もはや従来からのイーグルスの音ではない。

といって、新しいイーグルスの音として、何かが新しく生まれている訳では無い。イーグルスにとって、このアルバムがオリジナル・アルバムの最後、というのが、痛いほど感じる事が出来る、気怠く退廃的な雰囲気が充満している。さすがに、そこそこの完成度は維持しているんだが、イーグルスのアルバムとしては評価するのは、かなり苦しい内容だ。1979年という時代のイーグルスとしての歴史的事実としての価値はあるとは思うが・・・。

そんな中でも、「I Can't Tell You Why」「Heartache Tonight」の2曲は、アーバンなAORとして秀逸なナンバーだとは思う。そして、物悲しいのはラストの「The Sad Cafe」。「The Sad Cafe」とは、ロスはハリウッドのライブ・ハウス「トルバドール」のこと。イーグルスが、米国西海岸ロックが生まれ育った「ホームグラウンド」の終焉を悲しく歌い上げている。

その後、イーグルスは、これまた、ひどい内容のライブ・アルバムをリリースし、文字どおり、「ひとりでズッコケて、ひとりで解散していった」のである。1982年5月正式に解散が発表される。
 
 

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イーグルス『呪われた夜』

Eagles『One of These Nights』(写真左)。邦題『呪われた夜』。1975年の作品。僕はこのアルバムで、イーグルスを知った。アルバムを買う余裕など無い。FMのエアチェックをかき集めて、一枚のアルバムに仕上げた(笑)。

1曲目の「One of These Nights」を聴く度に今でもワクワクする。ハードでソリッドな、加えて印象的なコーラス。これがウエストコースト・ロックの雄、イーグルスの音か〜、と感心した。続く2曲目の同じトーンの「Too Many Hands」もハードな演奏、印象的なコーラス。英国ロックとは違う「疾走感と爽快感」。

しかし、である。次の3曲目が、実に素晴らしい名曲なのだ。イーグルス紹介の類いには決して出てこない曲だが、僕はこの曲が、イーグルスらしい、イーグルスの傑作曲のひとつだと思っている。その曲名は「Hollywood Waltz」。これが本当に良い曲、良い演奏なのだ。前奏のスチールギターの音。間奏で出てくるマンドリンのフォーキーな響き。エンディングで聴かせるドン・ヘンリーのシンバルワーク。たった4分2秒の演奏なのだが、ウエストコースト・ロックの雰囲気をドップリと聴かせてくれる。

4曲目の「Journey of the Sorcerer」は意欲的なインスト・ナンバー。バンジョーの音色が印象深い。当時、これはイーグルスらしく無いとか、やり過ぎとか揶揄されたが、僕はそうは思わない。劇的な展開の演奏の中に、そこはかとなく漂うウエストコースト・ロックの香り。砂漠地帯の風景、大都市の風景、サンフランシスコ湾の青い海。そんなカリフォルニアの風景が思い浮かぶ。
 

One_of_these_night_1

 
そして、この『呪われた夜』のハイライトは、やはりLP時代のB面、「Lyin' Eyes」〜「Take It to the Limit」〜「Visions」の3曲。いずれも名曲名演。この3曲の中でどれが一番のお気に入りか。僕は、絶対に「Take It to the Limit」である。歌詞、曲共に大好き。特に、この青臭い歌詞が良い(笑)。今でも、こういう風に「青臭く」ありたい、と常々思っている(笑)。

この「Lyin' Eyes」〜「Take It to the Limit」〜「Visions」のメドレーの様に流れるハイライトが終わると、叙情的で落ち着いた「After the Thrill Is Gone」と「I Wish You Peace」が待っている。ほんとにしみじみとする良い曲である。
『ホテル・カリフォルニア』が最高傑作に挙げる70年代ロック者の方々が多いが、僕は絶対にこの『呪われた夜』である。このアルバムこそが、イーグルスの最高傑作に相応しい。

このアルバムを聴くと、今でも高校3年生の夏を思い出す。もう絶対に現役合格は無理やなあ、と思いながらも、なんとか、この日本昔ばなしの実写版を完成させるべく、本当に映画は出来るのかという辛いプレッシャーと戦いながら、良い映画にしなければと思いながら、シナリオに手を入れ、絵コンテを描き、一人でロケハンした夏。振り返ると、何かしんみりしてしまう、甘酸っぱい香りがする高校3年の夏。その高校3年生の夏の思い出は、このイーグルスの『呪われた夜』と共にある。

 
 

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夏はウエストコースト・ロック

夏になると聴きたくなる70年代ロック。ダントツは「イーグルス(Eagles)」である。

イーグルスに出会ったのは、高校2年生の時であった。小学生の頃から、ゴスペルやカントリー&ウエスタンなど、アメリカン・ルーツ・ミュージック好きである。イーグルスの「Take It Easy」を初めて聴いた時、ああ、良いバンドだなあ、と思った。それ以来、イーグルスはウエストコースト・ロックの中でも、大のお気に入りである。

特に、好きなアルバムが、Eagles『One Of These Nights』(写真左)。1975年の作品。4作目にして、初の全米ナンバー1を記録した大ヒットアルバム。このアルバムには、学生時代の思い出が一杯詰まっていて、今でも好きだし、今でも聴いては感動して、情緒不安定な時にはウルウルしてしまう(笑)。

3曲目の「Hollywood Waltz」は大好きな曲で、イーグルスの楽曲の中では、全く話題に上がらない曲だが、僕はこの曲が大好きだ。イーグルズの楽曲の中でも5本の指に入る名曲だと思っている。このアメリカン・ルーツ・ミュージック満載のワルツはいつ聴いても良い。情緒的なスチールギター、郷愁を煽るマンドリンの調べ。印象的なボーカル。そして、イーグルスならではの爽快感溢れるコーラス。
 
6曲目の「Take It to the Limit」は、もっと好きな曲だ。勇壮なストリングスのアレンジ。印象的な歌詞。ランディ・マイズナーの名バラード。そして、このアルバムで、グループを去るバーニー・レドンによるアルバム最終曲「 I Wish You Peace」。胸がキュンと締め付けられる様な、情感溢れる、やさしい曲。
 

One_of_these_night_1

 
ふと高校3年生の夏を思い出す。学園祭向けの映画を作っていた頃。

映画が出来るのかどうか、出来たとして皆の評価はどうなのか、そして、この映画を作り終えた後、僕には何が残るのか。結構なプレッシャーと孤独感の中、撮影の準備に、夏休みはほとんど毎日、学校に来て、映研の部室にこもっていた。演出の確認、シナリオの手直し、撮影アングルの検討、そんな孤独な作業のバックで、イーグルスの『One Of These Nights』が流れていた。

「Hollywood Waltz」「Take It to the Limit」「 I Wish You Peace」を聴くと、しみじみとしてしまう。夏の終わり、夏休みの終わり、綺麗な夕焼けを見ながら、一人で部室に残っていて、これらの曲がかかると、なぜか郷愁を感じ、寂寞感を感じて、不覚にもはらはらと涙した。そんなことを、今でも思い出すことがある。

しかし「One Of These Nights」の様なファンキーな曲もある。「Vision」の様なリズミックな曲もある。そして、極めつけは「Lyin' Eyes」。軽快なメロディーと重厚で美しいハーモニー。疾走感と爽快感溢れる、ウエストコースト・ロックを代表する名曲名演の一曲。

これらのポジティブな曲を聴くと、郷愁と寂寞感を乗り越え、明日に向けてのやる気と克己心が芽生えるのだ。
 
 

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