バリトン・サックス

World Saxophone Quartet『Plays Duke Ellington』

ジャズには定石はあれど常識は無い。演奏の編成だって、確かにソロ、デュオ、トリオ、カルテット、クインテットと編成の形式は定まってはいるけれど、その中身については全くと言って良いほど「自由」である。
 
「World Saxophone Quartet」というグループがある。デヴィッド・マレイ、ジュリアス・ヘンフィル、オリヴァー・レイク、ハミエット・ブリュートからなる4人組。「カルテット」は4人編成。この4人組は全てサックス奏者。リズムを司るドラムもベースも無い。当然、演奏の全体を統制するピアノも無い。
  
とにかく、リズムセクションが全く無い、サックスだけのカルテットがジャズを演奏し通すことが出来るのか。まずはアレンジ力が問題だろう。どうやって、リズムセクションの無い、サックス4重奏をジャズ的にグルーブさせるのか。アルト・サックス奏者のヘンフィルが作曲面で優れていたことが、この変則サックス 4重奏に幸いした。
 
そして、4人の演奏力が問題になるが、この4重奏のサックス奏者については、テクニックに全く問題は無く、アヴァンギャルドな演奏を得意とする分、ノーマルな演奏からアヴァンギャルドな演奏まで、演奏表現力の幅は広い。
 
サックスだけのカルテットという変則バンドの成否を握る「アレンジ力」と「演奏力」。この双方をクリアした「World Saxophone Quartet」の最大の名作だと僕は常々思うのは、『Plays Duke Ellington』(写真左)。
 
Wsq_plays_duke
 
エリントンのトリビュート・アルバムである。どの演奏もエリントンの名曲を実に上手くアレンジし、エリントンの名曲の特徴を良く理解し、それぞれの個性で表現している。収録された演奏の全てが、実に良い演奏である。

 
リズムセクションが全く無い、サックスだけのカルテット。どうやって、リズムとビートを供給するのか。このアルバムを聴けば、たちどころにその疑問は氷解する。バリトンとテナーがリズムを取りながら、アルトがソロを吹くといったパターンが中心。特に、バリトンの活躍が目覚ましい。
 
リズムとビートの供給が決まると、フロントのサックスの独壇場である。さすがに、4人のさっくす奏者とも、名うてのアバンギャルド・ジャズ出身。自由なソロワークが見事である。フリー・ジャズの一歩手前、しっかりと演奏のベースを押さえた、切れ味の良いインプロビゼーションが展開されていて実に見事。胸のすく思いだ。それぞれのソロ演奏が終われば、締まった4人のアンサンブルが、これまた見事。
 
この4重奏のサックス奏者については、アヴァンギャルドな演奏を得意とする分、フリー一歩手前な演奏が主となるが、決して耳障りではない。ただ、ジャズ者初心者向きでは無いだろう。フリーなジャズも聴くことが出来る様になったジャズ者中級者以上向け。
 
ジャズには定石はあれど常識は無い。リズムセクションが全く無い、「World Saxophone Quartet」。サックスだけの4重奏のエリントンのトリビュート・アルバム。このサックスだけの4重奏に「脱帽」である。 
 
 
 

Sahib Shihab『Sentiments』

ジャズのアルバムには「定盤」と呼ばれるものが多々ある。ジャズ入門書を賑わし、レコード会社のジャズ・アルバム再発キャンペーンを賑わす、教科書的な、真のジャズ者になる為に、試行錯誤しながらも、聴かなければならないアルバム達。

もしも、リアルなジャズ喫茶をやるなら、どうもこの「定盤」アルバムは、流すのが憚られる。リクエストされたら仕方が無い。でも、「定盤」アルバムは、誰もが知っている、誰もが推薦するアルバムである。なにも、ジャズ喫茶のマスターが「これどうぞ」と薦めるアルバムでは無いだろう。

やっぱり、ちょっと捻りを効かせた、聴いているジャズ者の方々が、「これ、何て言うアルバム」って、ジャケットを見に来るような、そんなアルバムを、ジャズ喫茶では流したい。ジャズ者の皆さんが、買うのに躊躇う、手に入れるのに悩む、でも、実のところ、ジャズとしてなかなかの内容のアルバム。そんなアルバムを、ジャズ喫茶で流したい。

最近、入手したアルバムの中で、例えば、SAHIB SHIHAB(サヒブ・シハブ)の再発ものである『Sentiments』(写真左)なんて、そんなアルバムの一つ。1965年、1971年録音。録音年を見ても判る通り、寄せ集め的なアルバム。

1971年3月コペンハーゲン録音の秀作『Sentiments』の全曲を収録し、更にボーナス・トラックとして、1965年8月&12月コペンハーゲン録音のアルバム『Sahib Shihab And The Danish Radio Jazz Group』からのピックアップ6曲(なぜが2曲省略)を加えた、24-bitリマスターのCD化版。しかし、こんな変則的な収録しなくても良いのになあ。
 

Sahib_shihab_sentiments_6

 
でも、その内容は、実に面白い。バリトン、フルート、アルト、ソプラノ、等を自在に吹きこなすマルチ・リードのテクニシャンであるサヒブ・シハブ。

『Sentiments』の収録曲の部分は、1965年の録音。当時流行だったフリー・ジャズとモード・ジャズの雰囲気を所々に漂わせながら、アブストラクトな演奏と伝統的なハード・バップな演奏がミックスされた、とてもユニークな演奏の数々。

そもそも、サヒブ・シハブがマルチ・リード奏者だけあって、冒頭の2〜3曲を聴いただけでは誰だか判らない。でも、バリトン・サックスの音色が出てきた瞬間に、サヒブ・シハブか? とあたりを付けることは出来る。

ベースの音が、やけにブンブン魅力的に響くなあ、と思っていたら、全編に渡って、NIELS-HENNING ORSTED PEDERSENだったり、ちょっと優雅な黒いピアノの音色はKENNY DREWだったり、他の楽器、トランペットやドラムは、なかなかの演奏で、誰だろう誰だろうと思いながら聴いていて、パーソネルを確認して、全く知らないミュージシャンだったりして、とにかく、聴いていて面白い。

ダークで、ちょっとポップで、聴きやすい展開ながら、ところどころアブストラクトな側面を覗かせる、実に個性的なサヒブ・シハブのソプラノ・サックスとバリトン・サックスは、聴き所満載。フルートも水準以上の出来。

サヒブ・シハブと言われると、名前は聞いたことはあるけど、どんなアルバムを入手して良いのかも判らず、名前だけ聞いてスルーしがちな「サヒブ・シハブ」。この『SENTIMENTS』は、彼のマルチ・リードの特徴が良く出ていて「買い」のアルバムだと思います。2008年8月5日のブログ(左をクリック)でご紹介した『Seeds』もなかなか楽しめる、サヒブ・シハブのアルバムです。
 
 
 
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