テナー・サックス

Bobby Jaspar『Bobby Jaspar, George Wallington & Idrees Sulieman』

「ジャズ喫茶で流したい」シリーズ・第25回目である。今日は『Bobby Jaspar, George Wallington & Idrees Sulieman』(写真左)。Riverside RLP240、リバーサイド・レーベルの隠れ名盤。
 
邦題は「ボビー・ジャスパー・ウィズ・ジョージ・ウォーリントン」。なんだか、タイトルだけ見れば、客演のバップ・ピアニスト「ジョージ・ウォーリントン」に重きを置いているような扱いである。
 
原題を見れば、リズムセクションの二人が無視されているようで、もうちょっと、内容に見合ったタイトルをつけることが出来なかったのか、と悔やまれる。そ れほどに、アルバムの中身を聴けば、そんな扱いや印象はとんでもない。リーダーのボビー・ジャスパーのテナー&フルートが堪能できる、優れたハードバップ盤である。
 
ベルギー出身のテナー奏者 Bobby Jaspar(ボビー・ジャズパー)は、パリにおける活動がメインだったが、米国のジャズシーンでも活躍したので、そこそこ知名度の高いミュージシャン。1926年生まれで1963年に亡くなっているので、37歳の若さで夭折(ようせつ)したことになる。それでも、要所要所に良いアルバム、良い演奏を残してくれているのが嬉しい。
 
最も有名なのは、J.J. Johnson の『Dial J.J.5』とWynton Kellyの『Kelly Blue』への参加でしょう。ジャスパーは基本的にはテナー・サックス奏者ですが、「Kelly Blue」でのフルートの演奏も印象的です。僕は、ジャズ者超初心者の頃、この「Kelly Blue」でのジャスパーのフルートに触れて、ジャズってフルートもありなんやなあ、と妙に感心した思い出があります。
 
このアルバムはハードバップ時代ど真ん中、1957年5月の録音。ちなみにパーソネルは、Bobby Jaspar(ts,fl), Idrees Sulieman(tp), George Wallington(p), Wilbur Little(b), Elvin Jones(ds)。
 
Bobby_jaspar_with_gw_is
 
ジャスパーのテナーとフルートはオーソドックスなテナーで、ハードバップ時代特有のソフトで大らかなトーン、語り口の判り易い唄い口で、心地良くリラックスしたブロウを聴かせてくれる。逆に、リズムセクションを担う、ベースのリトルとドラムのエルヴィンは意外とハードタッチで、ビシビシとビートを聴かせた 俊敏なプレイでフロントを盛り立てる。
  
この対比が実に上手く決まっていて、そこに、バップ・ピアニストのウォーリントンが、全体の音のバランスを取るように、全体の音のトーンを決めるように、実に優美なピアノを聴かせくれる。所謂「古き良きジャズ」と呼んでピッタリの内容である。
 
3曲目の有名スタンダード曲「All Of You」なぞ、絶品である。さすがに、この時代の第一線の一流ジャズ・ミュージシャンは、有名スタンダードをやらせると、とにかく上手い。ジャスパーのテナーは、少し掠れた太い音色で、この有名スタンダード曲のテーマを大らかに歌い上げていく。バックのリズム・セクションは、ガッチリとフロントのジャス パーをサポートし、演奏の音のベースをガッチリと支える。

 
5曲目のバラード曲「Before Dawn」のジャスパーのテナーも絶品。オーソドックスなスタイルを踏襲しつつ、少し乾いた音色がとても良い感じである。バラード演奏にしては、ちょっと トランペットが賑やかなのが玉に瑕ではあるが、ジャズパーのバラード演奏は申し分無い。この「Before Dawn」ジャズパーのバラード演奏が堪能できる貴重なトラックである。
 
良いアルバムです。ジャズの歴史を彩る、ジャズ者初心者向け入門本に挙がる様な名盤ではありませんが、ハードバップな雰囲気満載で、聴き始めると一気に聴き込んでしまいます。時々引っ張り出しては聴きたくなる、飽きの来ない、スルメの様な、噛めば噛むほど味が出る、聴けば聴くほど味が出る、そんなハードバップ時代の「隠れ名盤」です。 
 
 
 

World Saxophone Quartet『Plays Duke Ellington』

ジャズには定石はあれど常識は無い。演奏の編成だって、確かにソロ、デュオ、トリオ、カルテット、クインテットと編成の形式は定まってはいるけれど、その中身については全くと言って良いほど「自由」である。
 
「World Saxophone Quartet」というグループがある。デヴィッド・マレイ、ジュリアス・ヘンフィル、オリヴァー・レイク、ハミエット・ブリュートからなる4人組。「カルテット」は4人編成。この4人組は全てサックス奏者。リズムを司るドラムもベースも無い。当然、演奏の全体を統制するピアノも無い。
  
とにかく、リズムセクションが全く無い、サックスだけのカルテットがジャズを演奏し通すことが出来るのか。まずはアレンジ力が問題だろう。どうやって、リズムセクションの無い、サックス4重奏をジャズ的にグルーブさせるのか。アルト・サックス奏者のヘンフィルが作曲面で優れていたことが、この変則サックス 4重奏に幸いした。
 
そして、4人の演奏力が問題になるが、この4重奏のサックス奏者については、テクニックに全く問題は無く、アヴァンギャルドな演奏を得意とする分、ノーマルな演奏からアヴァンギャルドな演奏まで、演奏表現力の幅は広い。
 
サックスだけのカルテットという変則バンドの成否を握る「アレンジ力」と「演奏力」。この双方をクリアした「World Saxophone Quartet」の最大の名作だと僕は常々思うのは、『Plays Duke Ellington』(写真左)。
 
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エリントンのトリビュート・アルバムである。どの演奏もエリントンの名曲を実に上手くアレンジし、エリントンの名曲の特徴を良く理解し、それぞれの個性で表現している。収録された演奏の全てが、実に良い演奏である。

 
リズムセクションが全く無い、サックスだけのカルテット。どうやって、リズムとビートを供給するのか。このアルバムを聴けば、たちどころにその疑問は氷解する。バリトンとテナーがリズムを取りながら、アルトがソロを吹くといったパターンが中心。特に、バリトンの活躍が目覚ましい。
 
リズムとビートの供給が決まると、フロントのサックスの独壇場である。さすがに、4人のさっくす奏者とも、名うてのアバンギャルド・ジャズ出身。自由なソロワークが見事である。フリー・ジャズの一歩手前、しっかりと演奏のベースを押さえた、切れ味の良いインプロビゼーションが展開されていて実に見事。胸のすく思いだ。それぞれのソロ演奏が終われば、締まった4人のアンサンブルが、これまた見事。
 
この4重奏のサックス奏者については、アヴァンギャルドな演奏を得意とする分、フリー一歩手前な演奏が主となるが、決して耳障りではない。ただ、ジャズ者初心者向きでは無いだろう。フリーなジャズも聴くことが出来る様になったジャズ者中級者以上向け。
 
ジャズには定石はあれど常識は無い。リズムセクションが全く無い、「World Saxophone Quartet」。サックスだけの4重奏のエリントンのトリビュート・アルバム。このサックスだけの4重奏に「脱帽」である。 
 
 
 

Benny Golson『Gettin' With It』

昨日、ゴルソン・ハーモニーについて語った。ゴルソン・ハーモニーの主は、テナー奏者のベニー・ゴルソン(Benny Golson)。そんなベニー・ゴルソンの実に渋い、実にハードバップらしいアルバムがある。ジャズ盤の紹介本では、決してお目にかからない、そんなマニアックなアルバムである。

「ジャズ喫茶で流したい」シリーズの第17弾。ベニー・ゴルソンのマニアックな一枚をご紹介する。そのアルバムの名は『Gettin' With It』(写真左)。1959年12月の録音。ベニー・ゴルソンのリーダー3作目。ちなみにパーソネルは、Curtis Fuller (tb) Benny Golson (ts) Tommy Flanagan (p) Doug Watkins (b) Art Taylor (ds)。

メンバーにしっかりと盟友のトロンボーン奏者、カーティス・フラーが名を連ねている。となると、このアルバムもゴルソン・ハーモニーが堪能できるアルバムだと想像がつく。そして、ピアノは伴奏の名手トミー・フラナガン、そして、ドラマーは、当時ファースト・コール・ドラマーの一人、アート・テイラー。ベースは早逝が惜しまれる、重厚堅実なベーシスト、ダグ・ワトキンス。パーソネルを見渡すだけで、このアルバムは、ジャズ本などでは、ほどんど挙げられることは無いけれど、その内容が期待できる、って感じのメンバー構成。

期待にたがわず、1曲目の「Baubles, Bangles and Beads」から、ドップリと絵に描いた様なハードバップな演奏が繰り広げられている。しかも、ミッドテンポで、コード進行が実にジャジー。加えて、魅惑のゴルソン・ハーモニーが炸裂する。これぞハードバップ、これぞジャズという演奏が心地良い。

全編に渡ってポイントは、やはりベニー・ゴルソンとカーティス・フラー中心に展開される「ゴルソン・ハーモニー」の響き。トロンボーンのホンワカ、ボワンとした響きと、ベニー・ゴルソンのウネウネ、ボヨヨンとしたテナーが実に良い相性。ゴルソン・ハーモニーは、ゴルソンのウネウネ、ボヨヨンとしたテナーの音を活かすことの出来る、あくまで、ゴルソンのテナーの為のハーモニーであることが良く判る。
 

Bennygolson_gettin_with_it

 
ジャズ・テナー単体で考えると、ゴルソンのテナーは決して誉められたものでは無いと、常々思っている。でも、ゴルソン・ハーモニーを奏でる場合、ゴルソンのテナーのウネウネ、ボヨヨンとした音が最適になるのだがら、ジャズは面白い。しかも、ベストな組合せは圧倒的にトロンボーン。特に、ホンワカ、ボワンとしたフラーのトロンボーンの響きが最適。ジャズって相性がとても重要だということが良く判る。

実にリラックスした内容の佳作である。フロントの2管が良質のゴルソン・ハーモニーを供給し、その勢いを受けて、それぞれのソロも充実。それをサポートするフラナガンのピアノも力強く優雅、ダグ・ワトキンスのベースは堅実堅守。そして、全体を取りまとめ、しっかりとグループサウンド全体を引き締める、名手アート・テイラーのドラム。メンバー全員がアルバム全編に渡って、リラックスしながらも、実に内容の濃い、派手では無いが地味に職人芸的テクニックを繰り広げている。

何しか聴いていて心地良いこと「この上無し」。ゴルソン&フラーのフロントにフラナガンのピアノとくれば名盤『ブルースエット』を思いだすが、どちらかと言えば『ブルースエット』は全編がキャッチャーで大向こう狙い。

でも、この『Gettin' With It』は、演奏する自分達が楽しめる、実にミュージシャンズ・アルバム的な世界。売れようとも思っていないし、受けようとも思っていない。ミュージシャン達自らが楽しむために演奏したジャム・セッションをひっそりと録音してアルバム化したような、シンプルで素直で小粋な音世界。

アルバム・ジャケットも実に渋い。Prestigeの傍系レーベルのNew Jazzからのリリースとは思えない、実に渋くて、実にジャジーなアルバム・ジャケット。このアルバムから出てくる音は、このアルバム・ジャケットから受ける印象と全く同じ音が出てきます。実にジャジーで実にハードバップな、穏やかで優しい音が素晴らしい。ゴルソン・ハーモニーの面目躍如です。
 
 
 

Hans Ulrik『Shortcuts-Jazzpar Combo 1999』

「ジャズ喫茶で流したい」特集。第16回目です。

ジャズの裾野は広い。雑誌で紹介される新譜以外にも、世界各国でジャズの新譜が多々リリースされている。マイナーな音楽ジャンルと言われる「ジャズ」。それでも、世界各国のジャズ新譜はかなりの数に上る。不思議だよな〜。利益にならないと流石にレコード会社もアルバム化しないと思うんだが・・・。

そんな多々リリースされているジャズのアルバム。たまたま、iTunesなどで試聴して、これは、と思って購入すると、これが「当たり」っていうアルバムがある。そんなアルバムの一枚が、Hans Ulrik, John Scofield, Lars Danielsson, Peter Erskineの連名のアルバム『Shortcuts-Jazzpar Combo 1999』(写真左)。

ジョン・スコフィールド(g), ピーター・アースキン(ds)の名前を見ただけで、このアルバムに触手が伸びるっていうもの。この二人の名前を見るだけで、このアルバムは普通のジャズ・アルバムではない、という直感がする。デンマークのサックス奏者ハンス・ウーリック(写真右)とラース・ダニエルソンのベースは全く知らないんですが、 ジョンスコとアースキンの名前だけで、このアルバムは、なんだか期待できる。

これが「当たり」なんですね。出だしの「About Things」で、最初に出てくるデンマークのサックス奏者ハンス・ウーリックのフレーズを聴くと「これは質の良いスムース・ジャズか」と思うんですが、その直後に出てくるアースキンのドラミングが「ただ者では無い」。アースキンのドラミングを聴くと、このアルバムは、ただ者でない、意外と隅に置けないコンテンポラリーなジャズではないか、という予感。
 

Shortcuts_ulrik

 
リズムはやや緩やか、リラックスしたビートに乗って、ハンス・ウーリックのサックスが印象的な、北欧独特の清涼感溢れるフレーズを連発する。アースキンのドラミングは実に「コンテンポラリー」。このアルバムを単なる北欧のスムース・ジャズで終わらせない。

しかし、主役は、やはり、ギターのジョンスコでしょう。ここでのジョン・スコのギターはキレまくり。鋭いナイフのように、短いフレーズやリフで攻めまくりです。決して旋律に流されない、絶対にジョンスコ風に、コンテンポラリーに「捻りまくる」。この「捻りまくり」が非常に強く、良質のジャズを感じさせてくれるんですね。

ウーリックのサックスの雰囲気は「ランディ・ブレッカー的」です。しかし、ランディの様に、パワーで吹ききるタイプではなく、繊細な表現力で勝負するタイプですね。そして、北欧独特な清涼感溢れる、拡がりのあるブロウはいかにも「欧州的」で実に個性的です。なかなか聴き応えのあるサックスです。

寒色系のアコースティック・コンテンポラリー・ジャズ。ウーリックのサックスの雰囲気が、北欧独特な清涼感溢れる、拡がりのあるブロウなので、ややもすれば「スムース・ジャズ」に傾きそうなのですが、そんな雰囲気を、グッと硬派なコンテンポラリーなジャズに引き戻しているのが、ジョンスコのギターと アースキンのドラム。そして、そこはかとなく、ラース・ダニエルソンのベースが、実にコンテンポラリーなベースなのが「決定的」。

良いアルバムです。こんなアルバムが、ひっそりと無造作に転がっているから、ジャズという世界は恐ろしい。決して、ジャズの入門本やジャズのアルバム紹介本には出てこないアルバムなんですが、これは「買い」です。実にコンテンポラリーでジャジーな雰囲気は、現代的な「ジャズ」を感じさせてくれます。 絶対に、我がバーチャル音楽喫茶『松和』で流したいですね。
 
 
 

Kazutoki Umezu『Kiki』

「ジャズ喫茶で流したい」シリーズ。今回は14回目。ずっと、純ジャズ、それもハードバップ系の、ちょっと隠れた名盤っぽいアルバムをご紹介してきた。といって、純ジャズ系ハードバップ・ジャズだけが、このシリーズの守備範囲では無い。

今日は、ちょっと尖ったエレクトリック・ジャズの隠れ名盤をご紹介したい。梅津和時 KIKI BANDの『Kiki』(写真左)。聴いたことがあるジャズ者の方って、あまりいないのでは、と思われる。僕も全く知らなかった。恐らく、ジャズのアルバ ム紹介本なんかにも、その名が挙がることは全く無いと思われる。

が、このアルバムがなかなかの内容なんですよ。ですが、まず、梅津和時とは何者か、ということですね。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を紐解くと、梅津和時(うめづ・かずとき、1949年10月17日 - )は、日本のミュージシャン、サックス、クラリネット奏者。フリー・ジャズを中心に、ロックやクレズマー等、幅広い分野で活動、とある。

僕がジャズ者初心者の頃、大学のころである。梅津和時は、完膚無きまでの「フリー・ジャズ」戦士だった。相当にフリーキーな演奏だったなあ。当時、ジャズ者初心者の頃である。フリーな演奏は全くと言って良いほど知らなかったし、全く理解出来なかった。敢えて無理して聴くこともあるまい、ということ で、梅津和時の演奏は「完全封印」。

が、である。iTunesが出来て、iTunesの中を徘徊していて、この梅津和時 KIKI BANDの『Kiki』を見つけた。iTunesの良さは、収録された各曲30秒試聴できることである。冒頭の「Kiki」の出だし30秒を聴いて、これは「凄い」と思った。

まるで、エレクトリック・マイルスである。ビートを意識し、ビートを中心にした、エレクトリック・ジャズ。エレクトリックなビートをブンブン言わせて、そのビートの上を、KIKI BANDのフロント、テナーとギターが中心に、ユニゾン&ハーモニー、そして、フリーキーにインプロビゼーションをかましまくる。
 

Umezu_kiki

 
冒頭「KIki」続く「空飛ぶ首」は、完璧なエレクトリック・ファンク・ジャズ。きっちりベースはマイルスである。面白いのは2曲目の「空飛ぶ 首」。エレクトリック・ファンク・ジャズが基本だが、ビートのうねりが、トーキング・ヘッズみたいだったりする。いや〜、なんてごった煮な音楽性だ。これぞジャズである。

3曲目の「Vietnamese Gospel」のバラード演奏が、これまた良い。情感タップリに、梅津和時のテナーが鳴り響き、ギターがこれまた情感たっぷりのインプロビゼーションを聴 かせる。ちょっと和風な雰囲気も漂わせながら、実にポップなバラードである。ここでの梅津和時のテナーは絶品である。

5曲目の「Dancing Bones」は、これまた硬派なエレクトリック・ファンク・ジャズ。エレクトリック・マイルスのビート重視のグループサウンドを実に良く踏襲し、梅津和時 KIKI BANDとしての個性をしっかり折り込んだ硬派なエレクトリック・ファンク・ジャズに完全に脱帽である。間を活かしたソロ、硬軟自在なリズムチェンジ、適 度な隙間のあるビート。フリーキーなテナーとギターのインプロビゼーション。ロックではこうはいかない。かといって、ジャズでもこうはいかない。これは硬派な上質のフュージョンである。

ラストの「Fucking Ada」は、これはもう完全に梅津和時の世界。ビートをシッカリと底に這わせて、テナーとギターが完全フリーな演奏を全編に渡って繰り広げる。でも、昔の 様な、気持ちだけが先走りした、感情的なフリー・ジャズでは無い。シッカリとしたビートに乗ってのフリーキーな演奏なので、演奏全体が崩壊することなく、フリー・ジャズというよりは、限りなく自由になったモーダルな演奏と言った方が良いかもしれない。

この梅津和時 KIKI BANDの『Kiki』を聴いて、「エレクトリック・マイルスの後を継ぐ者」という言葉を思い浮かべた。この『Kiki』というアルバムの中に、エレクトリック・マイルスのDNAが息づいている。エレクトリック・マイルスを模倣するのではない、自分のものとして消化し、自分達の個性をマージしてのエレクト リック・ファンク・ジャズは、いつ聴いても、聴き耳を立ててしまう。

といって、他の梅津和時のアルバムを好んで聴くか、と言えばそうではない。僕にとっては、梅津和時のアルバムについては、この『Kiki』だけが唯一のアルバム。それでも僕はこのアルバムに出会えて幸せである。 
 
 

Warne Marsh『Warne Marsh(Atlantic盤)』

ジャズの歴史に名前を残してはいるが、人気の高いミュージシャンでは無い。はたまた、歴史を変えるような名盤でも無い。でも、その個性を人知れずひっそりと愛でることの出来る、所謂「隠れ名盤」というものは沢山ある。

今回の「ジャズ喫茶で流したい」シリーズの12回目。今回は、Warne Marsh(ウォーン・マーシュ)の『Warne Marsh(Atlantic盤)』(写真左)である。1957年と58年の録音に分かれる。

1曲目「Too Close for Comfort」と3曲目「It's Allright with Me」が、1957年12月の録音。パーソネルは、Warne Marsh (ts), Ronnie Ball (p), Paul Chambers (b), Philly Joe Jones (ds)。

2曲目「Yardbird Suite」、4曲目より「My Melancholy Baby」〜「Just Squeeze Me」〜「Excerpt」が、1958年1月の録音。パーソネルが、Warne Marsh (ts), Paul Chambers (b), Paul Motian (ds)。

マイルス楽団から、Paul Chambers (b), Philly Joe Jones (ds)の参入が目を引く。それから、ビル・エバンス・トリオで名を馳せたPaul Motian (ds)もだ。リーダーのマーシュは西海岸のテナーマン。Paul Chambers (b), Philly Joe Jones (ds)は東海岸のミュージシャンだけに、この取り合わせは面白い。
 

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ボワン、フワフワとした心温まるトーンが心地良いマーシュのテナー。決して刺激的でない、丸みのあるインプロビゼーション。クール派と言われるが、芯のしっかりした、男気のある節回しを聴かせる。激しい熱さでは無いが、穏やかなホットさを感じるスタイリッシュなブロウ。

そんなマーシュを、アルバムの演奏の中で、一貫してプッシュしているのが、ベースのチェンバース。ブンブンと弦を震わせながら、マーシュのテナーをフォローする。

最初は「やけにベースのソロが多いなあ」と感じる。ブンブンと特徴的なベース音を聴き続けていると「これはチェンバースか」と思い当たる。そして、聴き進めると「チェンバースのベースは上手い」と感心する。マーシュのバックにしっかりと控え、マーシュのテナーを引き立てる。

特に、Warne Marsh (ts), Paul Chambers (b), Paul Motian (ds)のピアノレス・トリオでの、1958年録音の4曲の演奏が心地良い。ドラムレスのデュオでも良かったのでは、と思えるほどの絶妙な「テナーとベース」の組合せ。チェンバースの絶妙なサポートを得て、いつになくマーシュがホットにブロウするところが実にジャジー。

選曲も良し。マーシュのテナーを愛でるに最高の一枚。良いアルバムです。こんなアルバムが、ジャズ喫茶の昼下がりに流れていたら・・・。そしてそこに、熱くて美味いコーヒーが有れば・・・。これって「至福のひととき」ではないでしょうか。
 
 

Charlie Rouse『Moment's Notice』

さて、久しぶりの「ジャズ喫茶で流したい」シリーズである。今回は第11回目。第9回に続いて、Charlie Rouse(チャーリー・ラウズ)のアルバムを採り上げたい。

「ジャズ喫茶で流したい・9」でご紹介したラウズのアルバムは『Social Call』だった(10月5日のブログ参照・左をクリック)。これぞハードバップって感じで、アグレッシブに、はたまたリリカルに、実に味わい深い演奏を聴かせてくれる佳作であった。

今回、採り上げるラウズのアルバムは『Moment's Notice』(写真左)。ジャケット・デザインも渋い、ラウズのカルテット盤。パーソネルは、Charlie Rouse (ts), Hugh Lawson (p), Bob Cranshaw (b), Ben Riley (ds)。1977年10月の録音である。

チャーリー・ラウズは、伝説のピアニスト、セロニアス・モンクとの共演で最も知られるテナーサックス奏者。ラウズはモンクとの相性が抜群でした。テ クニックに優れ、スケールの広い、モンクの音にぴったり呼応して、モンクの予期せぬフレージングに呼応して、臨機応変に吹きかえす技については、ラウズの右に出る者はいない。

ただ、モンクとの共演が長かったので、マンネリ奏者とか、一人立ちできないテーマンとか、地味で目立たずマンネリなテナー奏者の様な言われ方をされることがありますが、実に残念な言われ方です。この『Moment's Notice』や先にご紹介済みの『Social Call』を聴いて貰えば判るのですが、少し「くすんで掠れた」ポジティブな音が魅力的な、バップ的でアグレッシブなテナー奏者です。

さて、この『Moment's Notice』は、泥臭いハードバップという感じがピッタリかと思います。全編に渡って、ラウズを筆頭に、カルテット全体がハードボイルドにインプロビ ゼーションを展開していくところなんて、実に魅力的です。とにかく徹頭徹尾、ハードボイルドでジャジーな雰囲気で押しまくっています。
 

Moments_notice
 
冒頭の「The Clucker」は、そのハードボイルドでジャジーな雰囲気が満載。疾走感溢れるハードバップです。ユニゾン、ハーモニーもバッチリ決まって、ラウズはア グレッシブにテナーを吹き進めて行きます。この曲は疾走感が最大の魅力でしょう。面白いのは、テーマ部の終わり「きめ」の部分のハーモニーが、日本古謡 の「さくらさくら」の出だしにそっくりのフレーズで、とても耳に残ります。僕は、この「The Clucker」をひそかに「さくらさくら」と呼んでいます(笑)

4曲目、モンクの「Well, You Needn't」は、さすがに素晴らしいテナー・ソロを聴かせてくれます。さすがに、モンクの下に長くいただけはありますね。これはまかせておけ、という感じの「オハコ」感が嬉しいです。安心感抜群ですな(笑)。

6曲目の名バラード「A Child is Born」では、ラウズは悠然とテナーを吹き上げていて、これがまた何とも言えない心地良い雰囲気を醸し出している。自作のブルース2曲目の「Let Me」、7曲目「Little Sherri」では、実に気持ちよさそうな雰囲気でアドリブを展開、とにかく楽しげに、余裕をかましながら、テナーを吹き回す。これがまた良い雰囲気なんですよね。

加えて、この『Moment's Notice』の魅力は、バックのリズム・セクションにあります。まず、ピアノのHugh Lawsonが絶好調。歯切れの良い、硬質なタッチが実に魅力的です。ラウズの少し「くすんで掠れて」軽い雰囲気の吹き回しのテナーと好対照で、実に良い 組合せです。ベースのBob Cranshawも「つんつんつん」と独特の音を響かせながら、しっかりとビートを刻んでいます。そして、ドラムのBen Rileyが実に堅実でテクニックのあるドラミングで、カルテット全体の演奏を支えています。良いリズム・セクションです。

ラウズのテナーは、少し「くすんで掠れて」軽い雰囲気の吹き回しなのですが、茫洋というか悠然というか、吹き回しの余裕の部分がなんとも言えない雰囲気を醸し出すんですよね。実に不思議なテナーマンです。
   
 

Archie Shepp『Ballads For Trane』

「ジャズ喫茶で流したい」シリーズの10回目。懐かしのDENONレーベルでの作品。

1970年代、日本国内レーベルDENONは素晴らしい仕事をしていました。カタログにあるアルバムは、ジャズとしてどれも良い出来でした。

そんなDENONレーベルの中の、Archie Shepp(アーチー・シェップ)『Ballads For Trane』(写真左)。1977年5月の録音。パーソネルは、Archie Shepp (ts, ss), Albert Dailey (p), Reggie Workman (b), Charlie Persip (d)。なんと渋いメンバーなのか。

ジョン・コルトレーンの直系といわれる、テナー奏者、アーチー・シェップが、コルトレーンゆかりのバラード・ナンバーだけを集中して取り上げたアルバムです。
 
コルトレーン亡き後、フリー・ジャズの旗手として認識されていたアーチー・シェップでしたが、どうしてどうして、正統なメインストリーム・ ジャズを演奏させてみれば、あ〜ら不思議、テクニック、歌心を共に持ち合わせた、正統派テナー・マンに早変わり。
 

Ballads_for_trane

 
収録されているバラード曲は以下の通り。

1. Soul Eyes,  2. You Don't Know What Love Is,  3. Wise One,  4. Where Are You?,  5. Darn That Dream,  6. Theme For Ernie

う〜ん、良い選曲だ。これらコルトレーンゆかりのバラード曲を、時には旋律を噛みしめるようにむせび泣き、時には感極まった雰囲気でエモーシャルに吠え叫び、時には喜びの表情で明るく伸びやかに、縦横無尽にテナーを吹きまくる。
 
このバラードに特化した演奏を聴くと、とにかく、アーチー・シェップのテナーは上手いということを再認識する。とにかく上手い。コルトレーンが着目していた若手テナーマンだということを実感する。とにかく、聴いていてリラックスできる。聴いていて感動する。細かい説明は意味をなさない。久しぶりにこ の一言、「聴けば判る」。

パーソネルの選定、コルトレーンゆかりのバラード・ナンバーだけを固めた選曲など、ジャズ先進国、日本ならでは企画である。実に良いアルバムを残してくれたものだ。DENONレーベルに感謝したい。

 
 
 

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Charlie Rouse & Red Rodney 『Social Call』

ジャズ喫茶で流したい」シリーズの第9弾である。このアルバムは、ジャズ喫茶でかけても、まず誰の演奏なのか、恐らく大多数のジャズ者の方が判らないと思う。僕も最初判らなかった。

端正でテクニック確かで歌心のある「芯のあるテナー」。もろビ・バップな音だけど柔らかで、なかなか小粋な音色を奏でるトランペット。趣味の良い、 硬質ながら流れるような正統派ピアノ。確実で硬派でしなやかなビートを供給するベース。硬軟自在、緩急自在な堅実なサポート、テクニック確かなドラム。

ビ・バップの様な、疾走感、テクニック溢れる演奏を繰り広げる冒頭の「Little Chico」。ハードバップらしさ溢れるミッドテンポでファンキーな、2曲目「Social Call」。この2曲の演奏だけで「これって誰のアルバム? パーソネルは?」と心穏やかで無くなること請け合い。
 
でも、きっと誰だか判らない。再び、アップテンポでファンキー溢れる、テナーとペットのユニゾン、ハーモニーがニ クイ、3曲目「Half Nelson」。ここまで聴き進めると、もう「アカン」我慢できん。誰のアルバムなんや〜。実は僕がそうでした(笑)。
 
このアルバム、Charlie Rouse & Red Rodney の『Social Call』(写真左)。1984年録音の渋いハードバップ作品。ちなみにパーソネルは、Charlie Rouse (ts), Red Rodney (tp), Albert Dailey (p), Cecil Mcbee (b), Kenny Washington (ds)。これぞハードバップって感じで、アグレッシブに、はたまたリリカルに、実に味わい深い演奏を聴かせてくれる。
 

Social_call

 
バラード演奏も秀逸。5曲目の「Darn That Dream」なんぞ、惚れ惚れする。情感タップリに歌い上げていくチャーリー・ラウズのテナー。まあるく優しいトーンで語りかけるように吹き上げるレッド・ロドニーのトランペット。リリカルに堅実に硬派なバッキングを供給するアルバート・デイリーのピアノ。当然、リズムセクション、セシル・マクビーの ベースとケニー・ワシントンのドラムがバックにあっての、秀逸なバラード演奏である。

チャーリー・ラウズとは誰か。伝説のピアニスト、セロニアス・モンクとの共演で最も知られるテナーサックス奏者です。ラウズはモンクとの相性が抜群でした。テクニックに優れ、スケールの広い、モンクの音にぴったり呼応して、モンクの様に予期せぬフレージングで吹くことが出来ました。
 
ですから、僕としてはモンクのバンドのテナー奏者という印象が強く、この『Social Call』の様に、端正でテクニック確かで歌心のある「芯のあるテナー」を吹くとは思わなかった。

とにかく、まずは「ラウズのテナーにビックリしながら、ラウズのテナーに酔う」一枚です。そして、ラウズの「芯のあるテナー」に、もろビ・バップな 音だけど柔らかなロドニーのペットはピッタリ。選曲もお馴染みの曲が多く、1980年代前半のフュージョン全盛時代過ぎ去り後の、上質なハードバップ演奏が聴けます。絵に描いたような「ハードバップ」な一枚とでも言ったら良いでしょうか。良いアルバムです。
 
 
 
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リンク

  • 松和の「青春のかけら達」(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    この「松和・別館」では、懐かしの「1970年代のJポップ」、いわゆるニューミュージック・フォーク盤の感想や思い出を率直に語ります。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、70年代Jポップの記事を修正加筆して集約していきます。
  • まだまだロックキッズ(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    この「松和・別館」では、懐かしの「1970年代のロック」盤の感想や思い出を率直に語ります。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、70年代ロックの記事を修正加筆して集約していきます。
  • AORの風に吹かれて(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    AORとは、Adult-Oriented Rockの略語。一言でいうと「大人向けのロック」。ロックがポップスやジャズ、ファンクなどさまざまな音楽と融合し、大人の鑑賞にも堪えうるクオリティの高いロックがAOR。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、AORの記事を修正加筆して集約していきます。
  • ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログ
    ジャズ喫茶『松和』は、ネットで実現した『仮想喫茶店』。マスターの大好きな「ジャズ」の話題をメインに音楽三昧な日々をどうぞ。このブログがメインブログです。