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<title>松和の「青春のかけら達」（バーチャル音楽喫茶『松和』別館）</title>
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<description>この「松和・別館」では、懐かしの「1970年代のJポップ」盤の感想や思い出を率直に語ります。</description>
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<title>チューリップ『無限軌道』</title>
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<description>チューリップは、ビートルズ・フォロワーとしての総決算アルバムとして『僕が作った愛のうた』をリリースの後、レコード会社に押し付けられていたロック・アイドル路線と訣別、チューリップ自身のオリジナリティーとサウンドを極める、長い長いチャレンジの旅に出る。そして早々に、その決意表明的なアルバムをリリースすることになる。
チューリップ『無限軌道』（写真）。1975年4月のリリース。このアルバムは、ビートルズ...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>チューリップは、ビートルズ・フォロワーとしての総決算アルバムとして『僕が作った愛のうた』をリリースの後、レコード会社に押し付けられていたロック・アイドル路線と訣別、チューリップ自身のオリジナリティーとサウンドを極める、長い長いチャレンジの旅に出る。そして早々に、その決意表明的なアルバムをリリースすることになる。</p>
<p>チューリップ『無限軌道』（写真）。1975年4月のリリース。このアルバムは、ビートルズ・フレーバーがメインの音作りをベースとしたアイドル・バンド路線から自ら決別し、チューリップのオリジナリティーとサウンドを極める試行錯誤の旅に出る決「決意表明」みたいなアルバムである。</p>
<p>1曲目の『心を開いて』がその決意表明らしいナンバー。オリジナリティーの追求という点では、2曲目の『私は小鳥』と4曲目の『たえちゃん』。しかし、『私は小鳥』は、ポップな曲調を追求するあまり、当時の歌謡曲そのものになってしまった感がある。その当時、人気歌手だった『あべしずえ』が歌った曲です（あんまりヒットしなかったような思い出があるが）。</p>
<p>『たえちゃん』は、あまりにオリジナリティーに気を使うあまり、曲としてはまとまりが無く、ちょっと冗長になっていますが、個々の音づくりには、高く評価できるものがある。僕にとっては、初めて聴いて以来、この曲は常に隅におけない曲、隠れた名曲です。<br />　</p>
<p><a href="https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/tulip_mugenkidou.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Tulip_mugenkidou" src="https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/jpop/images/tulip_mugenkidou.jpg" alt="Tulip_mugenkidou" width="459" height="224" border="0" /></a></p>
<p>　<br />8曲目は、18年後、リバイバルヒットとなった『サボテンの花』。このアルバムでの『サボテンの花』がオリジナル。アレンジがきめ細やかで地味なんだが、僕はこのアルバムのバージョンが一番の好み。可愛らしい曲といえば、10曲目の『ある昼下がり』。姫野さんがアコースティック・ギターをバックに、可愛く愛らしく歌う佳作です。</p>
<p>試行錯誤の旅を今後もずっと続けて、二度とビートルズ・フレーバーがメインの音作りをベースとしたアイドル・バンド路線には戻ってこないぞ、という決意を感じるのが最後の『人生ゲーム』。歌詞の中に、サイモンとガーファンクルの『コンドルは飛んでいく』の日本語訳と良く似た部分があるのはご愛敬。当時、チューリップは、結構悩んでいたんだな、と密かに感じてしまう。</p>
<p>この『無限軌道』は、チューリップが硬派なフォーク・ロック路線を走り始めた、記念すべきターニング・ポイントとなったアルバムです。内容的には、前作の『ぼくがつくった愛のうた』とは似ても似つかぬ硬派な内容に、当時のファンや評論家は面食らったようですが、僕は、この『無限軌道』の内容はウエルカム。改めて、チューリップのファンになり直しました。</p>
<p>ちなみに、僕は、この盤からチューリップのオリジナル・アルバムをリアルタイムで体験していくことになります。行きつけのレコード屋さんに予約を入れたのは、高校1年の3学期のことだったなあ。駅前のレコード屋に予約をいれて、発売日当日にゲットのを昨日のことの様に覚えています。<br />　<br />　</p>
<p><span>&#x2605;東日本大震災から12年9ヶ月。忘れてはならない。常に関与し続ける。がんばろう東北。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。</span><br /><span>　</span><br /><a href="http://v-matsuwa.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/never_giveup_4.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img src="http://v-matsuwa.cocolog-nifty.com/blog/images/never_giveup_4.jpg" alt="Never_giveup_4" width="167" height="58" border="0" /></a><br /><span>　</span><br />&#x2605;Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「＠v_matsuwa」で検索して下さい。</p>
<p>&#x2605; コメント＆TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります（本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい）。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。<br />　</p>]]></content:encoded>


<dc:subject>チューリップ</dc:subject>
<dc:subject>ニューミュージック</dc:subject>
<dc:subject>フォーク・ロック</dc:subject>

<dc:creator>松和のマスター</dc:creator>
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<item rdf:about="https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/jpop/2024/01/post-8b9bc4.html">
<title>チューリップ『ぼくがつくった愛のうた』</title>
<link>https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/jpop/2024/01/post-8b9bc4.html</link>
<description>チューリップの代表的名盤として、そして、当時、日本のロック雑誌の権威、ミュージック・ライフ誌の「ベストアルバム・オブ・ザ・イヤー」にも選ばれた、我が国フォーク・ロックの古典的名盤『Take Off -離陸-』をものにしたチューリップ。次なるアルバムで、チューリップ・サウンドの確立を捉えることになる。
チューリップ『ぼくがつくった愛のうた』（写真左）。1974年10月のリリース。4枚目のスタジオ録音...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>チューリップの代表的名盤として、そして、当時、日本のロック雑誌の権威、ミュージック・ライフ誌の「ベストアルバム・オブ・ザ・イヤー」にも選ばれた、我が国フォーク・ロックの古典的名盤『Take Off -離陸-』をものにしたチューリップ。次なるアルバムで、チューリップ・サウンドの確立を捉えることになる。</p>
<p>チューリップ『ぼくがつくった愛のうた』（写真左）。1974年10月のリリース。4枚目のスタジオ録音盤。「心の旅」の大ヒットを受けて、そのご褒美的に、一部の楽曲はイギリスのEMIレコーディング・スタジオとスコーピオ・スタジオでレコーディングしている。</p>
<p>2111年を舞台にしたメンバー5人の子供達が主人公の物語をベースに、収録曲に準えて物語が進行していく「コンセプト・アルバム」。収録された楽曲それぞれ、良く練られたもので、演奏を含めてとても出来が良い。</p>
<p>全英語詞の短い静かで流麗な曲「ひとつの星」がオープニング。続く｢私のアイドル｣は、ビートルズやビーチ・ボーイズへのリスペクトを感じる、いかにもチューリップらしいロックンロールな曲。後にライヴでの定番曲となる名曲である。そして「なくした言葉」は、ストリングスのアレンジとコーラスワークが際立つバラード曲。</p>
<p>この冒頭の3曲の流れだけでも、この「コンセプト・アルバム」の出来の良さが感じられる。同時発売のヒットシングルである｢ぼくがつくった愛のうた｣は、チューリップの名曲中の名曲。コーラス・ワーク、姫野さんのボーカル、曲の構成、どれもが「チューリップ」で統一されている。<br />　</p>
<p><a href="https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/photo_20240108171501.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Photo_20240108171501" src="https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/jpop/images/photo_20240108171501.jpg" alt="Photo_20240108171501" width="458" height="222" border="0" /></a>   </p>
<p>　<br />デビュー当初は財津さんがメインだったが、このコンセプト・アルバムではメンバーの個性が発揮され始めている。吉田彰の｢この暗闇の中｣、姫野達也の「ここはどこ」、安部俊幸の｢踊り娘｣、上田雅利の｢走れ！ムーン号｣。それぞれの個性が反映された、ユニークな楽曲が提供されている。これらが、この「コンセプト・アルバム」の中で、良いアクセントになっている。</p>
<p>チューリップ自身が、ビートルズに大きな影響を受けていることは、本人たちも公言していた。実際にも、そのサウンドや曲調など、ビートルズのエッセンスを感じる部分は多かった。が、チューリップは決して「ビートルズのコピー・バンド」では無い。ビートルズのエッセンスを上手く織り交ぜつつ、チューリップならではオリジナリティーを発揮する。財津さんのソングライティングは絶妙である。</p>
<p>日本のバンドの中で、これだけ、ビートルズのエッセンスを自家薬籠中のものとし、独自の個性を確立したバンドは他には無い。それがチューリップの一番の存在意義であり、チューリップのサウンドが未だに古さを感じさせない所以だろう。この「コンセプト・アルバム」を聴けば、それが良く判る。</p>
<p>このコンセプト・アルバム『ぼくがつくった愛のうた』は、前作『Take Off -離陸-』と併せて、チューリップ・サウンドの確立を捉えた名盤だろう。この2枚は今の耳にも十分に耐える。素晴らしい耐久性を持った日本のフォーク・ロックの傑作である。</p>
<p>当時のLPには、大型ブックレット（絵本）が付いている。これもなかなかの出来なんだが、その分、L P自体の値段も200円ほど高かった。同じLPなのになあ、となんか納得いかなかったのを覚えてます（笑・高校生の身分には数百円は堪える）。</p>
<p>ちなみに、ロンドンでのレコーディングには日本航空が全面協力しており、ブックレットには日本航空のロゴと、全面協力についての記述が掲載されています。これも当時としてはユニークでした。まあ、今では、このタイアップ形態が踏襲されたアルバムは無いですけど（笑）。<br />　<br />　</p>
<p><span>&#x2605;東日本大震災から12年9ヶ月。忘れてはならない。常に関与し続ける。がんばろう東北。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。</span><br /><span>　</span><br /><a href="http://v-matsuwa.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/never_giveup_4.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img src="http://v-matsuwa.cocolog-nifty.com/blog/images/never_giveup_4.jpg" alt="Never_giveup_4" width="167" height="58" border="0" /></a><br /><span>　</span><br />&#x2605;Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「＠v_matsuwa」で検索して下さい。</p>
<p>&#x2605; コメント＆TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります（本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい）。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。<br />　</p>]]></content:encoded>


<dc:subject>チューリップ</dc:subject>
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<dc:subject>フォーク・ロック</dc:subject>

<dc:creator>松和のマスター</dc:creator>
<dc:date>2024-01-08T17:17:10+09:00</dc:date>
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<title>四人囃子の『Golden Picnics』</title>
<link>https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/jpop/2022/03/post-2434ba.html</link>
<description>1970年半ば、世界に通用する、しかも「日本人らしい」プログレッシブ・ロックを現出した「一触即発」。確かに、四人囃子のプログレは、英国でもなければ，欧州でもなければ、米国でも無い。出て来るフレーズ、フレーズがどれも「日本人らしい」。そう、日本人の我々が親近感を覚えるフレーズ、展開、節回しが独特の個性だった。
彼らの代表作『一触即発』は、日本に本格的なプログレを現出した、エポックメイキングかつ歴史的...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>1970年半ば、世界に通用する、しかも「日本人らしい」プログレッシブ・ロックを現出した「一触即発」。確かに、四人囃子のプログレは、英国でもなければ，欧州でもなければ、米国でも無い。出て来るフレーズ、フレーズがどれも「日本人らしい」。そう、日本人の我々が親近感を覚えるフレーズ、展開、節回しが独特の個性だった。</p>
<p>彼らの代表作『一触即発』は、日本に本格的なプログレを現出した、エポックメイキングかつ歴史的なモニュメントであったが、その後、メジャーのCBSソニーに移籍して、1976年にリリースしたアルバムは、和製プログレ・バンドとしての洗練の極み、四人囃子の最高傑作の一枚だろう。</p>
<p>四人囃子『Golden Picnics（ゴールデン・ピクニックス）』（写真）。1976年の作品。ちなみにパーソネルは、岡井大二 (ds, perc, syn, vo), 佐久間正英 (b, syn, perc, vo), 坂下秀実 (keym syn, perc, vo), 森園勝敏 (g, vo, syn, perc)。そして、ゲスト・ミュージシャンが、ジョン山崎 (4･空と海の間 - ac-p, org), 中村哲 (5･泳ぐなネッシー - sax), 浜口茂外也 (1･フライング &amp; 6･レディー・ヴァイオレッタ - fl), トシ (5･泳ぐなネッシー - perc)。</p>
<p>いやいや、本当に凄いんだ、これが。高校3年の時、初めて耳にしたんだが、大ショックを受けた。これが日本人の、20歳そこそこのメンバーが出す音か。ショックを受けた後は、大のお気に入り。聴き込んだ、聴き込んだ。</p>
<p>冒頭の1曲目は、ビートルズの「フライング」。『マジカル･ミステリー･ツアー』の地味なインスト曲であるが、ミディアムテンポの浮遊感溢れる、録音技術を駆使した素晴らしい演奏。何気ないインスト・カバーであるが、その演奏力はかなり高度なものがある。</p>
<p>2曲目は「カーニバルがやってくるぞ（パリ野郎ジャマイカに飛ぶ）」。いかにも日本人らしい、四人囃子らしい名曲。これだけ躍動感溢れるポップなロックは、当時、他に無かった。</p>
<p>私的な話になるが、当時、この曲が僕は大好きで、受験勉強もせずに映画制作とバンド演奏に明け暮れていた、愛すべきバカの集まりだった僕達のテーマソング。「壊れかかった真っ赤な車に乗って、やつらが地獄の果てから舞い戻って来た・・」。このフレーズに、18歳当時から痺れっぱなし。<br />　</p>
<p><a href="https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/golden_picnics.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Golden_picnics" src="https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/jpop/images/golden_picnics.jpg" alt="Golden_picnics" width="460" height="226" border="0" /></a></p>
<p>　<br />3曲目の「なすのちゃわんやき」は、ムーグ・シンセサイザーが唸りをたて、ハイテクニックなインストルメンタルの「音の嵐」。なんだか、超絶技巧プログレの雄「イエス」的雰囲気の名演である。とにかく、超絶技巧なテクニックが凄い。演奏のそこかしこに、フュージョン的な雰囲気も見え隠れするところに「時代」を感じる。</p>
<p>4曲目「空と海の間」は、そのタイトルから、ウエスト・コースト風の演奏か、と思った貴方は「通」。その通り、ウエスト・コースト・ロックの雄、ドゥービー・ブラザースばりの格好良さ。</p>
<p>5曲目「泳ぐなネッシー」は、なんと、前半は「これはキング・クリムゾンか」ってな雰囲気で、幻想的でタイトな演奏が素晴らしい。このまま「キンクリ風」で突っ走るかと思いきや、後半は、SEを効果的に使って「これはピンク・フロイドか」ってな雰囲気に展開して、マシンガンが唸り、ジェット戦闘機が飛び回る。</p>
<p>ラストは「レディ・バイオレッタ」。フュージョン・ジャズ真っ青なハイテクで、ソフト＆メロウな名曲・名演。天才ギタリスト森園勝敏の面目躍如。印象的なフレーズが満載、展開部の何気なく出てくる出てくる超絶技巧なテクニック。日本におけるフュージョン・バラードの名曲として挙げたい1曲である。</p>
<p>このアルバムで、ギターの森園勝敏は脱退してしまうが、さもありなん。これだけ当時のロックのありったけをごった煮にして、200時間以上の制作時間をかけて・・・・。燃え尽きた感のあったギターの森園勝敏の脱退であった（でも、この後、1989年の再結成ライブでカムバックするんですが・・・）。</p>
<p>四人囃子は、日本ロック史上、燦然と輝く金字塔である。僕は、日本のロックに、及ばずながら、リアルタイムで立ち会って来たリスナーとして、今でもしっかり、誇りに感じている。<br />　<br />　</p>
<p>東日本大震災から11年。忘れてはならない。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。<br /><span>　</span><br /><a href="http://v-matsuwa.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/never_giveup_4.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img src="http://v-matsuwa.cocolog-nifty.com/blog/images/never_giveup_4.jpg" alt="Never_giveup_4" width="167" height="58" border="0" /></a><br /><span>　</span><br />Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「＠v_matsuwa」で検索して下さい。</p>
<p>&#x2605; コメント＆TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります（本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい）。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。<br />　</p>]]></content:encoded>


<dc:subject>和ロック</dc:subject>
<dc:subject>四人囃子</dc:subject>
<dc:subject>日本のプログレ</dc:subject>

<dc:creator>松和のマスター</dc:creator>
<dc:date>2022-03-13T17:15:39+09:00</dc:date>
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<title>伝説の和製プログレ『四人囃子』</title>
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<description>「四人囃子」というバンド名を知っている人がどれだけいるだろう。特に、若い世代、今の10〜20歳前半の世代で知っている人はどれだけいるだろう。今を去ること30年以上前、海外でロックが大ブレイクしていたが、日本では歌謡曲が主流で、ロックなんぞはまだまだ海外レベルのものは無く、日本人が海外のロックに強いコンプレックスを持っていた時代・・・。
そんな日本に、そんな時代に、20歳そこそこのメンバーで構成され...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>「四人囃子」というバンド名を知っている人がどれだけいるだろう。特に、若い世代、今の10〜20歳前半の世代で知っている人はどれだけいるだろう。今を去ること30年以上前、海外でロックが大ブレイクしていたが、日本では歌謡曲が主流で、ロックなんぞはまだまだ海外レベルのものは無く、日本人が海外のロックに強いコンプレックスを持っていた時代・・・。</p>
<p>そんな日本に、そんな時代に、20歳そこそこのメンバーで構成されたロックバンドが出現した。そのバンドはロックのジャンルに照らし合わせると「プログレッシブロック（以下プログレと略す）」のジャンルに位置し、そう、僕の大好きな「プログレ」のバンドが日本でも出現したのだ。</p>
<p>しかも、みんなも聴いてみればいい、ハイテクニックで構成にすぐれ、歌詞は観念的で全体的に幻想的。プログレの全ての要素がそこにあり、その演奏は素晴らしいものがあった。僕が始めて、海外のロックに対して、日本人として自信を持ったのが、この「四人囃子」の出現だった。</p>
<p>昔々、僕の高校時代（2年生だったかな）にこのアルバムを聴いたとき、ちょっぴり日本人として誇らしく感じたことを覚えている。その盤とは、四人囃子『一触即発』（写真）。</p>
<p>僕の高校時代、我が国の音楽シーンの内容ははまだまだ発展途上で、世界の音楽シーンからは少し遅れていた。世界に通用するどころか、日本の中でも一般に通用するロックバンドなんてほとんど無かった。そんな環境でのこの『一触即発』である。<br />　</p>
<p><a href="https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/yonin_bayashi_issyoku_sokuhatsu.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Yonin_bayashi_issyoku_sokuhatsu" src="https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/jpop/images/yonin_bayashi_issyoku_sokuhatsu.jpg" alt="Yonin_bayashi_issyoku_sokuhatsu" width="452" height="222" border="0" /></a></p>
<p>　<br />1970年代前半から中盤にかけて、世界のロックシーンは最初の全盛期を迎えており、僕はその中でも「プログレ」がお気に入りだった。特に、当時のプログレは、録音技術・演奏テクニックともにずば抜けており、まず、日本人には暫くは無理だろうな、と諦めてきた矢先の『一触即発』である。</p>
<p>いや〜、聴いて「たまげた」。まず、思ったのが「これは、完璧にプログレやん」。観念的な歌詞・電子楽器を活用駆使した幻想的な音・交響曲的な長い演奏など、プログレとジャンルされるために必要な要素を完璧に兼ね備えていた。しかも、歌詞は全て日本語（エライ！）で、違和感があまりないことが嬉しかった。</p>
<p>次に思ったのが「これ、フロイドと比較しても負けへんぞ。イエスには負けるけど」。つまり、録音技術・演奏テクニック・曲想が、世界のプログレのレベルに達していたのだった。当時の日本のロック・シーンを考えると、日本で最高の録音技術・演奏テクニックを兼ね備えている数少ないバンドの1つであることは間違いない。</p>
<p>それから思ったのが「このアルバム、リピートに耐えるやん」。それぞれの曲がメロディアスで聴き易く、プログレにありがちな「前衛的な」「実験的な」「独りよがりな」曲が無いのだ。つまり、何度も聴き込めるプログレのアルバム、つまり、ピンク・フロイドやイエス、EL&amp;Pなどのアルバムと肩を並べることのできる「プログレ名盤」として十分な内容を備えていた。</p>
<p>1970年代の海外のロックファンで、プログレが好きな人、好きだった人は、一度、この和製プログレバンドの名盤を聴いてみて下さい。決して後悔させませんぜ。<br />　<br />　<br />　<br />東日本大震災から10年5ヶ月。忘れてはならない。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。<br /><span>　</span><br /><a href="http://v-matsuwa.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/never_giveup_4.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img src="http://v-matsuwa.cocolog-nifty.com/blog/images/never_giveup_4.jpg" alt="Never_giveup_4" width="167" height="58" border="0" /></a><br /><span>　</span><br />Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「＠v_matsuwa」で検索して下さい。</p>
<p>&#x2605; コメント＆TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります（本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい）。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。</p>]]></content:encoded>


<dc:subject>和ロック</dc:subject>
<dc:subject>四人囃子</dc:subject>
<dc:subject>日本のプログレ</dc:subject>

<dc:creator>松和のマスター</dc:creator>
<dc:date>2021-08-11T13:17:07+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/jpop/2021/06/post-95ac0f.html">
<title>この熱い魂を伝えたいんや</title>
<link>https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/jpop/2021/06/post-95ac0f.html</link>
<description>上田正樹と有山淳司の『ぼちぼちいこか』に続いて、上田正樹とサウス・トゥ・サウス『この熱い魂を伝えたいんや』（写真左）について語りたい。
上田正樹とサウス・トゥ・サウスは1967年に結成。意外と歴史は古い。ちなみにオリジナル・メンバーは、上田正樹 (vo), 有山淳司 (vo.g), 堤和美 (g), 萩原義郎 (g), 藤井裕 (b), 井上茂 (ds),宮内良和 (key)。その後メンバーチェン...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>上田正樹と有山淳司の『ぼちぼちいこか』に続いて、上田正樹とサウス・トゥ・サウス『この熱い魂を伝えたいんや』（写真左）について語りたい。</p>
<p>上田正樹とサウス・トゥ・サウスは1967年に結成。意外と歴史は古い。ちなみにオリジナル・メンバーは、上田正樹 (vo), 有山淳司 (vo.g), 堤和美 (g), 萩原義郎 (g), 藤井裕 (b), 井上茂 (ds),宮内良和 (key)。その後メンバーチェンジが行われ、萩原・井上・宮内が抜けて正木五郎 (ds), 中西康晴 (key) が加入。人気が上がってきた1976年に突如解散。</p>
<p>『ぼちぼちいこか』は、このサウス・トゥ・サウスから、ボーカルの上田正樹とギターの有山淳司をピックアップして、アコースティック・セットをベースに大阪弁のリズム＆ブルースを展開した作品であった。</p>
<p>この『この熱い魂を伝えたいんや』は、このサウス・トゥ・サウスのフルメンバーでのライブ音源。1975年12月のリリースだったと記憶している。このアルバムは、当時、FMで一部の演奏を聴いて、LPにて即入手した。ジャケットのメンバーの写真を見ても、このバンドは「只者では無い」と感じる。なんや、危なそうな兄ちゃんばっかやん（笑）。</p>
<p>この頃のサウス・トゥ・サウスのライブは二部構成。第1部が上田正樹と有山淳司がメインのアコースティックセット。いわゆる『ぼちぼちいこか』の音世界ですよね。そして、第2部が、サウス・トゥ・サウス全員による大阪弁ソウル・ミュージックという構成。ということで、このライブ盤は第2部のステージを収録したもの。1975年の芦屋ルナホールでのライブである。</p>
<p>このライブ盤には、サウス・トゥ・サウスの個性がギッシリと詰まっている。冒頭の「オープニング（サウス・トゥ・サウス）」を聴けば良く判る。この雰囲気は、当時の「ソウル・ミュージック」。日本人独特の乾いた軽めのファンクネスに乗って、大阪弁リズム＆ブルースが冒頭から炸裂。<br />　</p>
<p><a href="https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/kono_atsuitamasii_3.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Kono_atsuitamasii_3" src="https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/jpop/images/kono_atsuitamasii_3.jpg" alt="Kono_atsuitamasii_3" width="479" height="204" border="0" /></a> <br />　</p>
<p>後半の「R＆B」なんだが、1970年代中盤当時は「ソウル・ミュージック」と呼ばれていた。アフリカ系アメリカ人のゴスペルとブルースから発展した大衆音楽。アースやクール＆ザ・ギャング、ジェームス・ブラウン、スリー・ディグリーズ、バリー・ホワイト、レイ・チャールズ、マーヴン・ゲイ等々が代表的ミュージシャン。</p>
<p>サウス・トゥ・サウスは、当時のソウル・ミュージックをカバったり、上手くパクったり、アルバム全編で「大ソウル大会」を繰り広げている。そんなカバーや雰囲気の似た曲の中、ベースの藤井裕の作詞・作曲による3曲目「最終電車」の様なむっちゃソウルフルで、めっちゃ格好良いオリジナル曲があったりする。大阪弁リズム&amp;ブルースの秀作である。</p>
<p>ラストはお馴染み、オーティス・レディングのカバーで「I Can't Turn You Lose」、邦題「お前を離さない」である。むっちゃ秀逸なカバーである。熱い演奏。それでいて、そのファンクネスは、日本人独特の乾いた軽めのファンクネスが個性的。この乾いた軽めのファンクネスが良い。日本人のR&amp;Bである。</p>
<p>当時としてはとても個性的であり、今の耳で聴いても十分に個性的。今でも十分に通用する大阪弁リズム＆ブルース。しかし、このライブ盤のリリースの明くる年、1976年に、サウス・トゥ・サウスは突如と解散してしまう。</p>
<p>当時、実に惜しい、と悔しがったものだ。ここまで「日本人によるR&amp;B」の可能性を秘めながら、解散したサウス・トゥ・サウス。このライブ盤は、そのサウス・トゥ・サウスの個性の一端を十分に感じ取れる優秀盤。長年の愛聴盤です。<br />　<br />　<br />　</p>
<p>東日本大震災から10年3ヶ月。忘れてはならない。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。<br /><span>　</span><br /><a href="http://v-matsuwa.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/never_giveup_4.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img src="http://v-matsuwa.cocolog-nifty.com/blog/images/never_giveup_4.jpg" alt="Never_giveup_4" width="167" height="58" border="0" /></a><br /><span>　</span><br />Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「＠v_matsuwa」で検索して下さい。</p>
<p>&#x2605; コメント＆TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります（本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい）。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。</p>
<p><br />　</p>]]></content:encoded>


<dc:subject>上田正樹</dc:subject>
<dc:subject>和ロック</dc:subject>
<dc:subject>上田正樹とサウス・トゥ・サウス</dc:subject>

<dc:creator>松和のマスター</dc:creator>
<dc:date>2021-06-10T16:11:46+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/jpop/2021/03/post-8809ce.html">
<title>浪花ロック『ぼちぼちいこか』</title>
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<description>今を去ること47年前。高校時代のことである。このアルバムを我らが映研の部室に持ち込んだのが、先代部長のN先輩。「これ聴いてみ、むっちゃおもろいで」。
上田正樹と有山淳司『ぼちぼちいこか』（写真左）。1975年の作品。冒頭の「大阪へ出て来てから」を聴けば、思わずニンマリしてしまう。大阪弁で唄うR＆B（リズム＆ブルース）。このアルバムを聴いて、高校生の僕は「大阪弁はロックに合う」と思った。まあ、正確に...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>今を去ること47年前。高校時代のことである。このアルバムを我らが映研の部室に持ち込んだのが、先代部長のN先輩。「これ聴いてみ、むっちゃおもろいで」。</p>
<p>上田正樹と有山淳司『ぼちぼちいこか』（写真左）。1975年の作品。冒頭の「大阪へ出て来てから」を聴けば、思わずニンマリしてしまう。大阪弁で唄うR＆B（リズム＆ブルース）。このアルバムを聴いて、高校生の僕は「大阪弁はロックに合う」と思った。まあ、正確には「大阪弁はリズム＆ブルースに合う」である。</p>
<p>1970年代前半から中盤。日本人の僕達は「日本語はロックに合わない」というコンプレックスがあった。やっぱり、ロックは英語でないと、という風潮がかなり強くあって、日本語で唄うロックはかなり低く見られた。というか、日本語で唄うロックはロックでは無いと無視された時代である。</p>
<p>しかし、そう言われると、日本人である僕はちょっと悔しい。同じ言語でありながら、英語はロックに合って、日本語はロックに合わない。それは無いやろうと思っていた。で、この上田正樹と有山淳司『ぼちぼちいこか』である。コッテコテの大阪弁を駆使してのR&amp;B。僕はこの『ぼちぼちいこか』を聴いて、日本語は工夫すればロックに合う、と思った。嬉しかった。</p>
<p>よほど嬉しかったのだろう。この『ぼちぼちいこか』をN先輩から、即日借り受けて、家でカセットにダビング。翌日から長きの間、このアルバムはしばらくの間、愛聴した。不思議なことだが、確かに大阪弁はR&amp;Bに合う。後ろ打ちの粘りのフォービートに大阪弁がバッチリ乗る。但し、発音正しいネイティブの大阪弁に限るけど（笑）。<br />　<br /><a href="https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/bochi_bochi_ikoka.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Bochi_bochi_ikoka" src="https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/jpop/images/bochi_bochi_ikoka.jpg" alt="Bochi_bochi_ikoka" width="444" height="205" border="0" /></a> <br />　<br />　<br />面白いのは、今の耳で聴くと、あれれ、と思う楽曲のオンパレード。なんだか、本場のR&amp;Bやブルースロックの名曲に良く似ている、というか、上手くパクッている。ネットで色々な方達が指摘しているんだが、例えば、冒頭の「大阪へ出て来てから」は、Dr.John『GUNBO』の「Stackalee」に似ている。また「可愛い女と呼ばれたい」のギター・フレーズは、ブルース・トラディショナルの「Key To The Highway」に似ている。歳をとって判ることもある（笑）。</p>
<p>この『ぼちぼちいこか』で展開される音世界は、大阪出身のネイティブが聴いて、とことん楽しめる「1970年代の大阪」である。どの曲にも、コッテコテの大阪人がいる。「とったらあかん」とか「俺の借金全部でなんぼや」の世界は、もろネイティブな大阪人ならではのもの。笑いの引き方落とし方、どれもが大阪ならではのもの。</p>
<p>日常生活に根ざした音世界は、ネイティブの大阪人にはとことん楽しめる。そして、本場のR&amp;Bを程良くカバってパクった、小粋な日本人のR&amp;Bがここにある。今の耳で聴いても、なかなか聴き応えのある日本人のR&amp;B。僕はこのアルバムで「日本語のロック」に自信を持った。</p>
<p>大阪と聞くと、ヤクザ・お笑い芸人・胡散臭い商売人等々と、他の地方の方々から揶揄された時代。そんな人間臭い大阪から現れ出でた「大阪弁のリズム&amp;ブルース」。いわゆる「浪花ロック」。乾いたファンクネスがこれまた日本人らしい。本場のR&amp;Bやブルースロックの名曲を上手くパクッているのも大阪らしい（笑）。</p>
<p>僕も、大阪人ネイティブの端くれ。この「大阪弁のリズム&amp;ブルース」が、1975年に大阪から現れ出でたことを、大阪人として、ちょっぴり誇りに思う。大阪にはカントリー・ブルースが良く似合う。<br />　<br />　<br />　</p>
<p>東日本大震災から9年11ヶ月。忘れてはならない。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。<br /><span>　</span><br /><a href="http://v-matsuwa.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/never_giveup_4.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img src="http://v-matsuwa.cocolog-nifty.com/blog/images/never_giveup_4.jpg" alt="Never_giveup_4" width="167" height="58" border="0" /></a><br /><span>　</span><br />Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「＠v_matsuwa」で検索して下さい。</p>
<p>&#x2605; コメント＆TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります（本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい）。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。</p>]]></content:encoded>


<dc:subject>上田正樹と有山淳司</dc:subject>
<dc:subject>上田正樹</dc:subject>
<dc:subject>和ロック</dc:subject>

<dc:creator>松和のマスター</dc:creator>
<dc:date>2021-03-06T09:50:44+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/jpop/2021/02/post-a956e0.html">
<title>そしてタツローはメジャーになる</title>
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<description>我がバーチャル音楽喫茶『松和』では、雨が降れば、雨の雰囲気に合ったアルバムを曲をかける。梅雨の季節であれば、梅雨の季節に合ったアルバムを曲をかける。これはジャズはもとより、1970年代ロック、1970年代Jポップでも同様である。
雨かあ、1970年代Jポップかあ、と思いを巡らせれば、必ず、山下達郎の「RAINY WALK」という曲が頭の中をよぎる。確かにこの山下達郎の「RAINY WALK」は「雨...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>我がバーチャル音楽喫茶『松和』では、雨が降れば、雨の雰囲気に合ったアルバムを曲をかける。梅雨の季節であれば、梅雨の季節に合ったアルバムを曲をかける。これはジャズはもとより、1970年代ロック、1970年代Jポップでも同様である。</p>
<p>雨かあ、1970年代Jポップかあ、と思いを巡らせれば、必ず、山下達郎の「RAINY WALK」という曲が頭の中をよぎる。確かにこの山下達郎の「RAINY WALK」は「雨」にちなんで、よく聴く曲ではある。何故かな、と思ってよくよく振り返ってみたら、この「RAINY WALK」という曲は、あの山下達郎の大ヒット曲「RIDE ON TIME」のシングルのB面曲だったことを思い出した。</p>
<p>シングルの「RIDE ON TIME」（写真右）は、1980年5月のリリース。よって、1980年の梅雨の頃、この「RIDE ON TIME」と併せて、B面曲の「RAINY WALK」が、当時の僕達のヘビロテ曲だったのだ。この「RAINY WALK」という曲は、1980年9月リリースの山下達郎のソロアルバム『RIDE ON TIME』（写真左）に、再録音され、めでたく収録された。確かB面の3曲目と記憶する。</p>
<p>ちなみに、このシングルの「RIDE ON TIME」、日立maxellカセットテープの販促キャンペーンのタイアップソングとして大当たり。そのシングルを収録した、山下達郎の5作目のスタジオ盤『RIDE ON TIME』は大ヒットとなった。遂に、我らがタツローがメジャーになった瞬間であった。<br />　<br />　　<br /><a href="https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/ride_on_time.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Ride_on_time" src="https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/jpop/images/ride_on_time.jpg" alt="Ride_on_time" width="454" height="220" border="0" /></a> <br />　<br />　<br />よって、翌年1981年より、梅雨の季節の「山下達郎」として、このソロアルバム『RIDE ON TIME』は、6月〜7月によくかける。他の収録曲をみても、この『RIDE ON TIME』というアルバムは、内容的に6月〜7月の初夏から梅雨の季節に合った内容なのである。</p>
<p>冒頭「いつか（SOMEDAY）」のゆったりと歩くようなファンキーなリズムは初夏の雰囲気を漂わせ、B面冒頭の「夏への扉（THE DOOR INTO SUMMER) 」などは、タイトルからして、この季節にピッタリだし、当然、B面3曲目の「RAINY WALK」は梅雨の季節にピッタリの内容であり、雰囲気なのだ。</p>
<p>そして、A面のラスト、大ヒット曲「RIDE ON TIME」は、1980年5月から7月にかけて聴きまくった記憶から、どうもこの「RIDE ON TIME」という曲は、僕の頭の中では「初夏から梅雨時のヒット曲」という感覚があって、毎年、初夏から梅雨の季節に突如として聴きたくなるのだ。</p>
<p>とりわけ、LP時代のB面の「夏への扉（THE DOOR INTO SUMMER) 」から「MY SUGAR BABE」「RAINY DAY」の流れがお気に入りでよくかける。そして、キメの1曲は「RIDE ON TIME」。</p>
<p>「青い水平線を いま駆け抜けてく　研ぎ澄まされた 時の流れ感じて」<br />　<br />　<br />　<br /><span>東日本大震災から9年11ヶ月。忘れてはならない。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。</span><br /><span>　</span><br /><a href="http://v-matsuwa.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/never_giveup_4.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img src="http://v-matsuwa.cocolog-nifty.com/blog/images/never_giveup_4.jpg" alt="Never_giveup_4" width="167" height="58" border="0" /></a><br /><span>　</span><br /><span>Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「＠v_matsuwa」で検索して下さい。<br />　</span></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>山下達郎</dc:subject>
<dc:subject>シティ・ポップ</dc:subject>

<dc:creator>松和のマスター</dc:creator>
<dc:date>2021-02-09T17:10:20+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/jpop/2021/01/post-26f986.html">
<title>僕達は「タツロー」を聴き込んだ</title>
<link>https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/jpop/2021/01/post-26f986.html</link>
<description>学生時代に「山下達郎」を発見した僕達が、この「山下達郎」が日本のシティ・ポップを代表し、リードする存在と確信したアルバムが『MOONGLOW』。このアルバムは、僕がリアルタイムにタツローを経験した記念すべきアルバムで、リリース当時、とにかく思いっきり聴き込みましたね〜。
山下達郎『MOONGLOW』（写真）は、1979年10月のリリース。1979年の夏に『GO AHEAD!』を発見し、ファースト・...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>学生時代に「山下達郎」を発見した僕達が、この「山下達郎」が日本のシティ・ポップを代表し、リードする存在と確信したアルバムが『MOONGLOW』。このアルバムは、僕がリアルタイムにタツローを経験した記念すべきアルバムで、リリース当時、とにかく思いっきり聴き込みましたね〜。</p>
<p>山下達郎『MOONGLOW』（写真）は、1979年10月のリリース。1979年の夏に『GO AHEAD!』を発見し、ファースト・アルバムである『CIRCUS TOWN』に遡った僕達は、当時、ニューアルバムである『MOONGLOW』リリースの報を知る。</p>
<p>当然、レコード屋に予約に走った。大阪のレコード屋では山下達郎はまだまだマイナーな存在。レコード屋の兄ちゃんに、相当に怪訝な顔をされたことを覚えている（笑）。</p>
<p>1979年10月の終わりだった。近くのレコード屋で『MOONGLOW』を入手。早速、ターンテーブルに載せる。当然、カセットテープへのダビングを平行して実施する。冒頭の「夜の翼 (NIGHTWING)」の多重録音ドゥーワップに感じ入る。この冒頭の1曲の雰囲気で、このアルバムは相当な内容であることを確信する。</p>
<p>2曲目「永遠のFULL MOON」が、格好良いのなんのって。山下達郎ミュージックの「完成形の1つ」がここにあった。シャープでライトなファンクネスが特徴の、米国では無い日本のポップ・ロックがここにあった。山下達郎のボーカルも格好良いし、バックのコーラスも格好良い。この曲は、当時の山下達郎の音世界を代表するものだ。<br />　<br />　<br /><a href="https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/moonglow.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Moonglow" src="https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/jpop/images/moonglow.jpg" alt="Moonglow" width="458" height="222" border="0" /></a> 　<br />　<br />　<br />3曲目「RAINY WALK」から4曲目の「STORM」は、ソウル・ミュージックを日本人の感性でリコンパイルした絶品。聴き心地満点。日本語がソウルのリズム＆ビートにしっかりと乗っかっている。ソウル・ミュージックを下敷きにしているとは言え、決して、米国っぽく無い。日本人としての個性の上にしっかりと成り立っている。</p>
<p>LP時代のA面のラストの「FUNKY FLUSHIN'」が格好良い。タツロー印のダンス・ミュージック、タツロー印のディスコ・ソングである。『GO AHEAD!』の「BOMBER」の音世界を踏襲しているのは明らかだが、曲の出来としては、より洗練されている印象。ノリノリの名曲である。</p>
<p>そして、LP時代のB面を占める「HOT SHOT」から「TOUCH ME LIGHTLY」「SUNSHINE−愛の金色−」「YELLOW CAB」、ラストの「愛を描いて -LET'S KISS THE SUN-」までの音世界は、タツロー・ミュージックの完成形を見せつけてくれる。米国のソウル・ミュージックを下敷きにしながら、日本の歌謡ポップの個性をしっかりと織り交ぜて、キャッチャーなシティ・ポップを確立している。</p>
<p>ラストの「愛を描いて -LET'S KISS THE SUN-」は、日本航空の沖縄キャンペーンのCMソングとして、テレビから流れていましたね。いよいよ、タツローのブレイクの瞬間が訪れる前触れの様なタイアップ・ソングでした。皆、これ誰だ、って感じで、こぞって、山下達郎の名前を調べ始めていましたね。僕達はそれを「お前たち今頃か〜」なんて冷静に見てました（笑）。</p>
<p>この『MOONGLOW』は、山下達郎ミュージックの「完成形のひとつ」を聴かせてくれた傑作である。とにかく「格好良い」楽曲がズラリと並んでいる。1970年代の日本シティ・ポップの名盤の一枚としてもお勧めの一枚である。<br />　<br />　<br />　<br /><span>東日本大震災から9年10ヶ月。忘れてはならない。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。</span><br /><span>　</span><br /><a href="http://v-matsuwa.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/never_giveup_4.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img src="http://v-matsuwa.cocolog-nifty.com/blog/images/never_giveup_4.jpg" alt="Never_giveup_4" width="167" height="58" border="0" /></a><br /><span>　</span><br /><span>Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「＠v_matsuwa」で検索して下さい。<br />　</span></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>山下達郎</dc:subject>
<dc:subject>シティ・ポップ</dc:subject>

<dc:creator>松和のマスター</dc:creator>
<dc:date>2021-01-22T10:09:20+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/jpop/2020/10/post-1b1152.html">
<title>僕達はタツローの源へ遡った</title>
<link>https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/jpop/2020/10/post-1b1152.html</link>
<description>1979年の夏、「山下達郎」を発見した僕達は、山下達郎の『GO AHEAD!』を流しまくった。そして、山下達郎の「源」へと遡った。ミュージシャンの「源」と言えば「ファースト・アルバム」。「ファースト・アルバム」にこそ、そのミュージシャンの個性の原石があり、音楽的指向の源がある。
ということで、僕達は、山下達郎の「源」へと走った。山下達郎のファースト・アルバムと言えば『CIRCUS TOWN（サーカ...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>1979年の夏、「山下達郎」を発見した僕達は、山下達郎の『GO AHEAD!』を流しまくった。そして、山下達郎の「源」へと遡った。ミュージシャンの「源」と言えば「ファースト・アルバム」。「ファースト・アルバム」にこそ、そのミュージシャンの個性の原石があり、音楽的指向の源がある。</p>
<p>ということで、僕達は、山下達郎の「源」へと走った。山下達郎のファースト・アルバムと言えば『CIRCUS TOWN（サーカス・タウン）』（写真左）。1976年12月リリース。シュガーベイブを解散して、ソロ活動を開始した「タツロー」のファースト・アルバムである。</p>
<p>このアルバムは今の耳で聴けば、とても面白い構成をしている。LPでいうA面の収録曲とB面の収録曲で演奏の雰囲気がガラッと変わる。A面は当時の米国の先端を行くアレンジを採用しているのにも拘わらず、演奏自体のクオリティに最先端では無い「緩さ」というか、シャープさが足らない感じが漂う。</p>
<p>逆に、B面のアレンジは、A面に比べれば平易ではあるが、演奏自体の「活き」を比べれば、僕はB面に軍配が上がると感じている。言い換えると、B面は日本人らしいポップ・ロック風の演奏であり、A面は米国人らしいポップ・ロックの演奏だと感じている。</p>
<p>確かに、LP時代のA面とB面でアレンジと演奏は異なる。A面はニューヨークでの録音。ローラ・ニーロの『イーライと13番目の懺悔』のアレンジなどで知られるチャールズ・カレロにプロデュース&amp;アレンジを託している。B面はロサンゼルスでの録音。サイター兄弟と山下自身によるアレンジで録音されている。ちなみにLP時代は、A面は「NEW YORK SIDE」、B面は「LOS ANGELES SIDE」と表記されている。<br />　<br />　<br /><a href="https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/circus_town_2.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Circus_town_2" src="https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/jpop/images/circus_town_2.jpg" alt="Circus_town_2" width="466" height="225" border="0" /></a> <br />　　<br />　　<br />アルバム全体の音は、完全に山下達郎の音世界。ファースト・アルバムにして、山下達郎の個性が確立されているのにはビックリした。山下達郎の以降の活動は、このファースト・アルバムの音世界の個性を、如何に洗練し、如何に昇華し、如何に普遍的なものにしていくか、に殆どの時間が費やされた、と感じている。</p>
<p>しかし、このアルバムにまつわるエピソードを調べてみると、いろいろと問題があったみたいで、特に、バック・ミュージシャンの起用、曲のアレンジメント＆プロデュースについては多くの課題があったようだ。確かに、アレンジについては、特にA面は良い感じなんだが、演奏がそれに追いついていない。B面は演奏レベルはA面と同等だが、アレンジが平易な分、演奏レベルのあらが目立たない。</p>
<p>総合的にまとめてみると、山下達郎の音の個性は確立されてはいるものの、様々な課題・問題点は山積しており、それが故に、このアルバムはあんまり売れなかった。マニアとして聴けば面白いアルバムなんだが、通常の音楽好きのリスナーからすれば、とっつき難いというか、とっかりが掴めないというか、ちょっと判り難いアルバムなのだ。</p>
<p>一般万民に「売れる」アルバムでは無いことは確かな内容ではある。しかし、この一般万民に「売れる」アルバムを作るコツを会得するのに、タツローはこのデビュー盤からライブ盤を含めて、合計4枚のアルバムを費やすことになる。ミュージシャン自身のセンスと趣味が最高であっても、「売れる」アルバムを作るコツを会得するには時間がかかるんやなあ、と変に納得してしまう、このアルバムの内容である。</p>
<p>でも、このアルバムのアメリカンな雰囲気が僕はお気に入りで、このファースト盤に出会って以来、35年に渡って、付かず離れずで聴き続けている。日本人のポップ・ロックとは評価し難いが、日本人が日本人ならではのポップ・ロックにチャレンジしたアルバムとしては十分に評価出来る内容ではある。<br />　<br />　<br />　<br /><span>東日本大震災から9年7ヶ月。忘れてはならない。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。</span><br /><span>　</span><br /><a href="http://v-matsuwa.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/never_giveup_4.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img src="http://v-matsuwa.cocolog-nifty.com/blog/images/never_giveup_4.jpg" alt="Never_giveup_4" width="167" height="58" border="0" /></a><br /><span>　</span><br /><span>Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「＠v_matsuwa」で検索して下さい。<br />　</span></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>山下達郎</dc:subject>
<dc:subject>シティ・ポップ</dc:subject>

<dc:creator>松和のマスター</dc:creator>
<dc:date>2020-10-08T15:14:14+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/jpop/2020/09/post-781932.html">
<title>僕達は「タツロー」を発見した</title>
<link>https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/jpop/2020/09/post-781932.html</link>
<description>1979年の夏、僕達は「山下達郎」を発見した。貸レコード屋が流行りだした大阪で、僕達は「タツロー」を発見した。
時は大学時代、ちょうど2回生の夏だったと記憶している。夏休みに入ってバイトに勤しみ、お盆休みの期間は、大学時代の友人の実家にお邪魔するという、なかなか優雅な夏休みを送っていた。そんな夏のある日、地元に貸レコード屋がオープンしていて、早速、音源の調達に乗り出した。
そこで見つけたのが、山下...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>1979年の夏、僕達は「山下達郎」を発見した。貸レコード屋が流行りだした大阪で、僕達は「タツロー」を発見した。</p>
<p>時は大学時代、ちょうど2回生の夏だったと記憶している。夏休みに入ってバイトに勤しみ、お盆休みの期間は、大学時代の友人の実家にお邪魔するという、なかなか優雅な夏休みを送っていた。そんな夏のある日、地元に貸レコード屋がオープンしていて、早速、音源の調達に乗り出した。</p>
<p>そこで見つけたのが、山下達郎の『GO AHEAD!』（写真左）。ライブ盤を含め、山下達郎の4枚目のオリジナル盤である。リリースは1978年12月。僕達がこの『GO AHEAD!』を発見したのが1979年の夏だから、リリースされてから約半年経っての「出会い」であった。</p>
<p>山下達郎の名前は、音楽雑誌やFM放送で知っていた。が、まともに聴いたことは無かった。伝説のソフトロック・グループ「シュガーベイブ」を主宰していたことも知っていた。が、まともに聴いたことは無かった。というか、山下達郎は大阪では全く受けが悪かった記憶がある。当時、大阪は浪花ブルース・ロックの時代。「東京のお洒落なソフトロックなんか、なんぼのもんじゃ」という雰囲気だった（笑）。</p>
<p>さて、この貸レコード屋で発見した、山下達郎の『GO AHEAD!』の最初の印象は「なんや、このジャケットは」。確かに、このアルバムのジャケットは趣味が良くない。このジャケット・デザインでヒットを狙おうということ自体、間違っている様に思える。しかし、そこは「貸レコード屋」でレコードを借りる、という気安さで、このアルバムを借りた。</p>
<p>早速、家でカセットにダビングである。ダビングしながら、タツローの『GO AHEAD!』を聴き始める。冒頭の「OVERTURE」のソウルフルな多重録音のコーラスに耳を奪われる。そして「LOVE CELEBRATION」が流れる。ソウルフルなファンキー・チューンだが歌詞が英語で、「潔くないなあ」と舌打ちする。さすがに東京のお洒落なソフトロックやなあ、と諦めかけた時に、次の曲が「おおっ」という感じだった。<br />　<br />　<br /><a href="https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/go_ahead.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Go_ahead" src="https://vmatsuwa.cocolog-nifty.com/jpop/images/go_ahead.jpg" alt="Go_ahead" width="457" height="223" border="0" /></a> 　<br />　<br />　<br />3曲目の「LET'S DANCE BABY」で、いきなりひっくり返る。なんや、この曲。ファンキーでポップ、8ビートに良く乗った日本語の歌詞、むちゃくちゃ格好良い曲である。むむむ、東京もやるやんけ、と思いながらの「MONDAY BLUE」を経ての「ついておいで (FOLLOW ME ALONG)」を聴いて、思わず椅子から転げ落ちる。このビートの効きまくったファンキー・ロックはなんなんだ。</p>
<p>「これは大変一大事」と、このダビングほやほやのタツローの『GO AHEAD!』を持って友人宅へ走る。そして、友人にこの『GO AHEAD!』を聴かせる。反応は僕の時と同じ。「LET'S DANCE BABY」で、いきなりひっくり返り、「ついておいで (FOLLOW ME ALONG)」を聴いて椅子から転げ落ちる（笑）。</p>
<p>史学徒であった僕達は、この山下達郎の『GO AHEAD!』を聴いてひっくり返った。「LET'S DANCE BABY」で、いきなりひっくり返り、「ついておいで (FOLLOW ME ALONG)」を聴いて椅子から転げ落ち、そして、LP時代のB面の1曲目の「BOMBER」を聴いて「参りました」（笑）。続く「潮騒」の落ち着いたポップなバラードに心惹かれ、そして、ラストの「2000トンの雨」の "Wall of Sound" に打ちのめされるのだ。</p>
<p>1979年の夏、僕達は「山下達郎」を発見した。大阪ではまだまだ珍しかったと思う。大学の行きつけの喫茶店で、大学の研修室の休憩時間に、この山下達郎の『GO AHEAD!』を流しまくった。1979年の夏から秋の印象的な音と言えば、この山下達郎の『GO AHEAD!』。</p>
<p>このアルバムを発見したお陰で、「東京のソフトロック」への偏見が無くなり、以降、僕達はその「東京のソフトロック」へドップリとはまっていくのだ。<br />　<br />　<br />　</p>
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<p><span>東日本大震災から9年5ヶ月。忘れてはならない。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。</span><br /><span>　</span><br /><a href="http://v-matsuwa.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/never_giveup_4.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img src="http://v-matsuwa.cocolog-nifty.com/blog/images/never_giveup_4.jpg" alt="Never_giveup_4" width="167" height="58" border="0" /></a><br /><span>　</span><br /><span>Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「＠v_matsuwa」で検索して下さい。<br />　</span></p>
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<dc:subject>山下達郎</dc:subject>
<dc:subject>シティ・ポップ</dc:subject>

<dc:creator>松和のマスター</dc:creator>
<dc:date>2020-09-02T14:48:31+09:00</dc:date>
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